投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』
【その他 その他小説】

『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』の最初へ 『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』 8 『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』 10 『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』の最後へ

『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』-9

まるで当たり前のようにその言葉を言った。
本心だろうか?自問自答してもその答えは出て来ない。
ただ、目の前の日向の計算通りにはしてやれない、そう思っただけだ。

「そろそろ降りましょうか。」

一刻も早く、この日向のテリトリーを去らなければならない。
しかし、このテリトリーは、革靴で乗り切るにはとてもつらいものだった。
山において、下りというのは上りよりも、足の筋肉を使う。
しかもぬかるんだ山道は、よく滑るのだ。
日向はガシガシと黙って道を下りていく。
私はそれに置いていかれまいと必死に急ぐが、なかなか追いつけない。

「葉が紅く色付きはじめましたね。」

心がここにないかのように日向が呟いたが、それに答える余裕も、景色を見る余裕さえ私にはなかった。

見かねた日向は、黙って私のほうに手を差し伸べたが、その敵に塩をおくるかのような行為を受け取れるほど、私は大人ではないのだ。
微笑みながら「大丈夫よ」というほどには大人ではあったが。

私は本当に、これから悠人とやっていけるのだろうか。
やっていけないような気がした。
ならば悠人を欲しいというこの泥棒猫に、熨斗をつけて綺麗に下取りしてもらえばいいじゃないか。
こんなに身も世もなく、全てを投げ打って勝負に出て来ているのだから。
でも・・・・・・。

未練?プライド?分からない。
こんな女と寝た悠人と、私は再び寝ることができるだろうか。一生添い遂げることができるだろうか。
自信などない。
それでも・・・・・・。

足が痛い。付け根がじんじんとする。筋肉痛だ。筋肉痛が当日に来るなんて、まだ私も若いわね、なんて思う。
人生のうちでも最悪な日に、こんな呑気なことを人は考えられるのだなぁと我ながら感心してしまう。

だいたいこの道はかなりオドロオドロしいのだ。
やぐらみたいなのが所々にあり、鎌倉が戦場であることを思い出させる。ここで何人の武士が命を落としたのだろう。そう思うと、別の意味でも足が竦んだ。

日が落ちてきて視界が更に狭くなる。恐い。なんでこんなことをやっているのだろう。馬鹿みたいだ。

小さな沢に架かった木の橋を渡ってしばらく歩くと、やっとのことで舗装された道路に着いた。
それだけでホッとする。私は田舎暮らしは無理だろう。
しばらく歩いていると、大きな石の鳥居が見えた。鎌倉宮と書いてある。

「行くの。」

尋ねると、日向は

「あそこはダメです。恐いんです。大塔宮(おうとうのみや)が殺されたところだから。」

と言う。
大塔宮というのが誰か知らないが、自分のしたことの方がよっぽど恐ろしいとは思わないのか。
人間というのは不思議なものだ。

「八幡宮に行きましょう。それが最後です。」

日向はそれだけ言うと、しっかりとした足取りで、道路に沿って歩き出した。
泥だらけになってしまった革靴。
足が、動かすだけで痛かった。


『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』の最初へ 『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』 8 『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』 10 『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前