飃の啼く…最終章(前編)-22
「何のために戦うんだ、って意味だよ、阿呆」
「え…それは…」
「自分の罪をあがなうために、澱みを斬るってんなら、やめとけ」
「なんで―!」
考えてることがわかったの、と、なんでそうしちゃいけないんだ、が両方混ざった問いだった。夕雷は、今自分が乗っかっている場所からいかにも神立の頭の中が覗けると言うように、その両方の問いに答えた。
「わかるともよ。真面目なお前の考えそうなことだ。だがな、お前の…その鎌は殺すためだけのもんじゃねえんだぞ」
「どういうこと?」
安易に聞き返す神立の頭に、また雷のような拳骨が落ちた。
「ちったぁ手前で考えろ!」
―今、わかったよ、夕雷。僕の鎌は、殺すためだけのものじゃない。
毒が抜けた鎌鼬が、おずおずと神立の周りに集まった。
「ああ、頭領…」
皆一同に頭を垂れ、そして神立に謝った。
「俺たちがふがいないばっかりに…本当に…申し開きも出来ねえ…」
神立は、涙を拭って精一杯元気な声を出した。
「さぁ、進もうよ!こんなところを夕雷が見たら、きっと頭のてっぺんを殴られるし…僕達の助けを必要としてる仲間が、きっと沢山いる」
鎌鼬は、夕雷の拳骨、という言葉に少し元気を取り戻したように、小さく微笑んだ。
「それで、あんたさんは…」
「僕は、神立」
ああ、といくつかの声が上がった。
「知ってるの、僕のこと?」
小さかった笑顔が、少しほどけてきた。
「ええ、いっつも自慢してましたよ、頭領は。俺の一番弟子は筋のいい狗族のチビがきなんだって」
夕雷がそう言って笑うのを想像して、神立も笑った。
「行こう!」
彼は立ち上がり、涙をもう一度拭いて言った。
「行こう!まだ戦いは…始まったばかりだ」
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8月18日、午後11時のことだったという。
他の軍の進軍に先駆けて真っ直ぐに黷の待つビルへと続く進路を取っていた震軍は、真っ先に敵に目をつけられて猛攻にあった。戦況はあえなく悪化し、援軍の到着もなく、其のままあえなく全滅した。
その凶報は瞬く間に狗族に広がり、それは同時に、澱み達にとっては朗報となった。
“全滅”という絶望的な言葉。彼らの最後を知る者は居ない。
―そう。誰一人として。
ただ、途方もない数の澱みに攻められたのでなければ、あの飃とさくらが死ぬはずはない。