Stormcloud-8
「わらわは、神立、このままでは龍は滅びると思うのだ」
「どうして?」
神立の素直な反応に、
「龍は気高い。おまえを目の前にして言うけれど、狗族に比べて神格も高い。でもそれ故に、雲より下にあるものに関しては何も知らず、知ろうともしない」
そして、神立と、彼の頬に刻まれた大きな傷跡を見つめた。
「たった今もそうであったように、龍は澱みについて何も知らない。狗族らが何十年に渡って戦ってきた澱みの事も、つい最近知ったほどなのだ」
神立の唖然としたような表情に、春雲は少し恥じたように顔を俯かせた。
「だから、度重なる狗族の援軍要請にも、どうしてわざわざ龍が応じるはずがあろう?年嵩(としかさ)の龍たちは、澱みと狗族や、他の神族との戦いを、子供の喧嘩ぐらいにしか思っていないのだから」
「はあ…」
「これではいずれ、龍は滅びる」
彼女は目を伏せ、結い上げた髪からたれる一房と、それを飾る宝玉を弄んだ。
「わらわは兄らとは違う。己が酣酔(カンスイ)にも気付かず、栄華と権力に溺れるだけの兄とは!」
握り締めた宝玉を手放し、少女はため息をついて布団に突っ伏した。
「だが、表立ってそんなことを言えば、平安を乱された龍たちから、わらわはどれほどの敵意を被るであろう?わらわと志を同じくするのは香雲だけ…。だからそれ以外のものの前では、わらわは阿春。可愛くてお頭(つむ)の足りぬ、皆の阿春で居ねばならぬ」
少女は組んだ腕にあごを乗せて、神立に言った。目にはやんちゃな輝きが見え隠れしている。
「わらわの話し相手がおらねば、わらわはいっそ、雲上から身投げしてしまうであろうと、青嵐への手紙に書いたのだ…どうやら功を奏したようだけれど」
神立は初めて、お愛想でも礼儀からでもない笑いを見せた。それに気を良くしたのか、春雲は身を起こし、長いすに座って神立の手を取った。彼の動揺には目もくれず。
「来てくれたのがおまえで、わらわは嬉しい…沢山話して聞かせておくれ」
その真摯な眼差しに、神立は頬が紅潮するのがわかった。
「う、うん…その、出来る範囲でなら」
それでいいと、少女は笑った。
龍の巣は世界にも沢山あるものの、雲の上に棲むのはアジアの龍だけだ。この巣はアジアに住む全ての龍の故郷である。龍宮を最奥に据え、そこから長方形に街が広がっている。町の建物の配置はほぼ左右対象で、東から西へとちょっとした川が流れている。龍の数は狗族のように多くは無いので、町は城ほどの広さしかない。しかし衣食住にまつわるものが全てあの赤い、立派な城壁の中にあること。それに、活気に満ちているとは言いがたいものの、穏やかで優雅な時の流れがここにあることは、春雲の部屋の窓から良く見て取れた。小さなたんすから、寝台から、カーテン、卓の上の急須に至るまで、どう見ても平民の―そもそも、龍に平民と貴族の違いがあるのかすら知らないが―娘とは思えなかった。いや、そう考えるのはむしろ不自然だ。