Life-5
その年の12月。忘れもしない寒い寒い夜のこと。
「宇祢、起きなさい」
突然父に揺り起こされた。時計は深夜２時過ぎをまわっている。
「どうしたの？」
眠い目を擦りながら尋ねる私に母が静かに言った。
「おばあちゃんにお別れを言いに行くのよ」
頭が真っ白になった。
そこからどうやって病院まで行ったか覚えていない。気がついたらそこは病室で、父と母が祖母を呼んでいる所だった。
「おばあちゃんっ！」
駆け寄る私。優しい瞳がゆっくり私を見た。
「たかちゃん…ありがとうね…」
白く、細すぎる手が私の髪に触れた。そっとその手を握る。まるで骨と皮だけのよう感じられた。
「おばあちゃん、とっても楽しかったよ…」
祖母は笑ったけれど、その顔には深い深い皺が刻まれていて、疲れが目に見えてとれた。
―たかちゃん…
ザァッと風が流れた。祖母の声が聞こえたのは気のせいだろうか…
どのくらいここに居たのか、既に陽は落ちかけていた。帰ろう。
歩き出す私。今何時だろう、電車あるかなぁ…
「松浪？」
落としていた視線をふいと上げる。
「やっぱそうや。どないしたん、こないなとこで」
「谷崎…」
無邪気な笑顔に心からホッとした。が、谷崎の顔から突然笑顔が消える。
「なんかあったんか…？」
「え…」
「泣いてたん？目、赤いから…」
!!やだ！慌てて顔を逸らす。
「そ、そんなんじゃないから、ホント…」
刹那、しんとする辺り。私も彼も、川のせせらぎも、星達の瞬きすらピタリと止まった。
「…送ってくわ」
優しい声が言った。
「いい…」
「あかん、義務や」
「義務…？」
谷崎は、そや、と笑う。
「男のな」
会話は以前一緒に帰った時ほど無かった。何も聞かない谷崎。その優しさが身にしみた。
「お、流れ星や」
空を見て歩いていた谷崎が言った。俯いていた私は顔を空へ向ける。
息を飲んだ。
「すっごい星…」
谷崎が苦笑する。
「ここ田舎やからな、山近いし。お陰でなーんもあらへんけど」
「いえ、ここら辺なの？」
「そや」
谷崎は小石を拾い上げ、ポーンと高く投げる。
「けどな…」
落ちてきた石をパシッと受け取って、谷崎が照れくさそうに言った。
「山しかないけど、俺、ここ好きなんや」
びっくり、した。なんて顔するんだろう、かわいいっていうか、カッコイイっていうか…
私は思わず目を逸らす。
「アホやろ？笑ってもええで」
昨日の私と同じ言葉。私は言う。
「笑わない、私も哲学者だから…」
ふふん、と谷崎が笑った。