にじゅうしせっき-4
心臓が鼓動を打つ。
辺りを見回してもそれ以外に何も変わったことは無い。
しばらく立ち尽くして、そっと金魚のグラスに手を伸ばした。残っていたミルクコーヒーがゆらりとグラスの中で揺れる。
どうやら幻じゃなく本物らしい。
グラスを置き食器棚を見る。
入っているはずの金魚のグラスが無くなっていて、やはり目の前にあるのがそれらしかった。
「……雨水?」
一番こういう事をやりそうな奴の名を上げて見るが首を振る。
第一鍵を持ってない……はずだ。
じゃあ、誰が。
ごくりと喉が鳴る。
もし強盗だとしたらまだ家の中にいるかもしれない。
ゆっくりベランダを見て、キッチンを見た。
客間を見て、洗面所を見て、ウォークインクローゼットを見て、風呂場も見た。
トイレを見て、最後に残ったのはベッドルームだった。
息を殺したままそっとドアを開けると、ダブルベッドの上に犯人が、いた。
相変わらず華奢な体。少し伸びた髪に緩めのパーマをかけ、薄く化粧をして、白いワンピースを着た女が。
すぐに理解出来なかった。
けれどそれは夢にまで見たりつで、思わず、名前を呼んでしまった。
「……りつ?」
薄暗い中もぞもぞとベッドの上の人が動いて起き上がった。
ゆっくり顔をこっちに向ける。
手探りで電気のスイッチを入れる。
暖色系の明かりがほんわりと部屋の隅々までを照らした。
「……はる。ごめん、寝ちゃった」
ベッドの真ん中でりつは目を擦っている。
夢かと思った。
だから咄嗟に自分の体を触れた。
感触があって、信じられなくて、もう一度呼んだ。
「りつ?」
りつが頷いて起き上がり、伸びをする。俺ははゆっくりベッドの側まで歩き、りつの目の前で止まった。
「え、りつ、どうして?」
その問いに答えずりつは側に来た俺の腕を引っ張る。引っ張られ体勢を崩してりつのそばに崩れた。りつはゆっくりと俺に近づき顔を胸に埋めて背に手を回しながら言った。
いつものあの甘くて穏やかな声で。
一番呼んで欲しかった、あの名前を。
「春風」
「りつ……」
りつの背に腕を回して抱きしめる。
やわらかくて小さくて頼りなくて、でも愛しいりつの体。