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はるかぜ
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にげみず-8

「ここに来るまで、君に会うまではこんなに暁の想いが強いなんて思わなかった。ただ気に入った子がいて会いたくなっただけだと思った。まださやかがね、大部分を占めてると思ってたから」

雨水の手が伸びて私の頭を暁と同じように撫でた。

「それでも、それでも俺はさ、暁を連れて帰らないといけない。引き離すのは辛いな」

春風じゃない人に撫でられて思わず顔をしかめた。
頭を雨水の手から逃げるように動かした。

「……それじゃあまるで私がついていけば良いみたいですね」

宙に浮いた手を静かに下ろすと雨水はおどけたように笑ってみせた。

「そんな事出来ないよ。アイツは向こうに行ったら『暁』になるんだから」

「じゃあ……何が言いたいんですか」

雨水を睨んで言う。風がまた吹いた。
木々が葉を揺らし音をさざ波のように音を立てる。

「……分からない。アイツをさ回復させて、それで無事に帰して欲しい。これが本音」

雨水が階段によっかかって寝転ぶ。
そんな事出来るわけないじゃない、と、ため息をつく。
雨水は横目で私を見た。

「……で、君はさ、アイツの事好きなんだろ?」

すごく自然にその質問に頷いていた。

「でも暁は知らないだろ?『暁』をさ、見てから君なりに答えを出して東京に帰してくれよ」

雨水はそんな風に言った。
私は首を傾げる。

「暁を見てから暁のファンになって、それで考えてよ。暁を見たら違ってくると思うから」

分かった?という風に笑う雨水に、私は首を振った。
それなのに雨水は立ち上がり両手でパンツを払うと伸びをした。

「十五分後には戻ってくるからどこかに隠れて」

腕時計をするりと外し私に投げてよこす。
慌てて両手で受け止めると十時を少し過ぎていた。
文字盤を見た隙に雨水は足早に歩き始め、声を掛ける間も無くそれは駆け足に変わった。


仕方なく辺りを見回して色々隠れてみて、最終的に御社の側の大きな石の裏にしゃがむと雨水の時計はちょうど十五分後を指していた。
秒針をじっと見ていると車が止まる音がして雨水の話し声が聞こえてきた。そっと頭を出して見ると雨水は背中にギターケースを背負い春風を無理矢理引っ張っていた。二人ともテレビで見るような黒いスーツを着ていた。

頭の中で雨水の『暁』を見てからという言葉がパズルのピースのように組み合わさっていく。
二人は御社の階段に座ると雨水はギターを出した。

すぐ側で雨水の話す言葉が聞こえる。



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