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はるかぜ
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にげみず-4

いつの間にか寝てしまったらしく、目が覚めると両手で自分を抱きしめていた。
夢の中では幸せだったような気がする。
実際には布団を掛けずに寝て寒かっただけだろうけれど。

時計を見るとちょうど八時を指していて、どうしても起きる気になれなかった。
着たまま寝たワンピースの胸元を持ち上げて匂いを嗅いでみる。
春風の家の匂いがするかと思ったけれどそんなのとっくに消えていて私の部屋の匂いがした。
体は正直で毎日同じように動いている。
だから横になっていようと思ったのに、どうしてもトイレに行きたくなって起き上がった。

「……は、るか、ぜ」

目を閉じてそう呟いて目の前に立っていてくれたら、いいのに。
そうしたら素直に謝れるのに。
ため息が朝から出てしまって肩までがっくり下げたらその絶妙なタイミングでドアがノックされた。

「はーい……」

顔を出したのは姉で、もう出勤の準備を整えていた。

「おはよう」

口紅を塗った姉のつやつやの唇がにこりと笑いながら言った。

「おはよ」

乱れた髪を手で撫で付けてから言い返す。
笑顔は浮かばなかった。

「着替えて。あんまり時間ないけど、散歩いこう。五分後に下に」

姉は乱暴な所があっていつも勝手に物事を決めてしまう。
私が反論する前に扉は閉まってしまい、しょうがなくのろのろと仕度をした。

階段を下りていくと姉は黒のトートバッグを持ったまま靴を履いて玄関先にいて、私を見つけて手招きをした。
仕方なく小走りに階段を下りていく。急いで靴を履くと姉が台所の母に向かって声をかける。

「母さん、りつ、借りるから。いってきます」

姉は返事を待たずに玄関の扉を開けて出て行く。私もいってきますと声を掛けて後を追った。

外の新しい匂いのする空気と姉のヒールの音。
どこかの家の仏壇の鐘の音。
目覚ましの音。
姉の少し後ろを無言のまま歩いた。
ふと途中で気づく。
この道は昨日も来たあの波止場への道だと。

「お姉ちゃん……」

声をかけ、足を止めた。
姉が振り返り手を伸ばした。



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