にげみず-2
「もしもーし」
投げやりな感じの雨水の声。
掛けようと思って掛けたつもりが無かったから思わず何を言えば良いのか、分からなくなった。
「もしもし?誰?」
雨水はため息混じりで話しかけてくる。
電話を持つ手に力がこもる。
「もしもし?切るか……」
雨水の声に苛立ちが混じり切られるって思った。
思わず雨水の言葉を遮って答えていた。
「り……りつです」
電話の向こうの雨水は何も言わない。
「あ、の、もしもし?」
もしかして切れちゃったのかと思って、それで、話しかけると雨水は「あぁ」と、呟いた。
「どうした?掛けてなんて来ないと思ったのに」
ほっとして、ため息をついてからそれに答える。
「……聞きたい事があって」
「はぁ?何だそら。てっきりアイツと別れる決心がついたのかと思った。で、聞きたい事って?」
雨水はやっぱり意地悪だと思って、それでも内心嬉しかった。春風の話を出来る人は、今、この人しかいないのだから。
「どうして暁が必要なんですか?」
雨水がうーん、と唸る。
「どうして必要か、か」
「はい。もちろん、彼が一人しか居なくて芸能人なのは分かってるんですが」
「たくさんのファンがさ、悲しがって手紙とかメールとかすごいの。君にとって大事な存在なのは分かるけれど、暁はさ……」
雨水がしばらく考え込むように言葉を止めた。
「暁は……君の物の前にたくさんのファンの子の物なんだよ。だからね、戻ってきて欲しい」
雨水の言葉がなんとなく分かる気がした。
春風という名の暁は私だけの物にならない。
「……じゃあ、もう、たくさんのファンの子の暁に戻るかもしれません。今日、春風の家飛び出してきちゃったから」
あははって思わず笑いながらそう言うと雨水が真面目な声で聞き返してきた。
「何だ、それ」
笑うのをやめて何も言えなくなる。