きみおもふ。-13
あれから、逸と友夏は以前と変わらない生活を送っていた。テスト期間に入ったので話す機会が全く無かったことが原因の一つであろう。
一緒に帰ることも、近くに居ることもなかった。
だから、だからこそ。今日こそは話がしたいと、そう思っていた。一緒に帰りたいと思っていたのだ。
でも。
それは自分だけだったのだと逸は痛感する。
友夏にとって自分はイトコという存在でしかないのだと。
一緒に居たい存在ではないのだと。
「そんなこと、承知していたはずなのにな…」
力なく笑う。胸が軋んだ。彼にとってはもう慣れてしまった痛み。
もし心というものが形を持っていたとしたら、おそらく彼の心は古くからの傷跡が幾つも幾つも残っているだろう。更に新しい傷を増やしながら。
「逸くん!」
声と共に制服が引っ張られた。振り向く逸の目に映ったのは、愛らしい笑顔を浮かべた友夏だった。
抱き締めたい衝動。押し寄せる秘めた想い。口から言葉が零れ、腕が友夏を捕らえそうになる。
――――ダメだ…
ギリギリのところで唇を噛んで耐えた。どうして、何故と何かが内部で暴れだす。
「あ……ごめんなさい…」
自制するのに必死な逸の表情を【怒り】ととったのであろう、友夏は制服から手を放して俯いた。
「別に怒ってるわけじゃない…」
そんな友夏に胸が痛んで、そう逸は口にする。心配そうに逸を見上げ、友夏は口を開いた。
「一緒に……帰ってもいい…?」
「え?」
驚く逸。思わず友夏を見る。
「先週逸くんちに泊まったでしょ?お母さんがね、『逸くんも呼びなさい』ってうるさくて。だから家まで一緒に来て。万秋(まあき)も会いたがってる」
『お前は?お前の気持ちはどうなの?』と言いそうになり、慌てて逸は口を閉ざした。そんなこと聞いたってどうするんだと自らに言い聞かせる。
「逸くん?」
どうかな、という顔で逸を見る友夏。
「突然行ってもいいのか」
歩き出しながら逸が言葉を発した。嬉しそうにてってっと逸を追いながら友夏が答える。
「うん、もちろん。来てくれるの?」
「……そうだな…着替え持ってから行くか」
光に目を細めながら逸は窓の外に見える空に目を向けた。ふ、と口元を綻ばせ、友夏を振り返る。
「ゆかにみっちり勉強教えなきゃいけないしな」
えっ、という顔で固まる友夏。
「そんなぁ…」
「ほら、行くぞ」
げんなりした表情になる友夏を導くように逸が歩きだした。そんな二人を、湿気を含む風に揺らされた草木が微笑みながらひっそりと見送った。