願い-6
『アリス?』
ヒューヒューと声も出せない少女の顔色は夜でも分かる程に真っ青で。
『誰か来て!』
そう叫ぶも、部屋には少女の苦しみの声が響くばかり。
『ねぇだれか! 執事でもメイドでもいいから! 早くっ!!』
私はその時初めて自由に出せる「声」が欲しいと思った。
少女が亡くなって、私は変わらずベッドサイドが居場所だった。なのに少女だけがいない。少女を溺愛していた少女の母親は現実を受け入れきれず次第に精神を病んで、狂った様に少女を探し続ける。
父親である男は憐れむような目で母親を見守っていたけれど、ある日誰もいない少女のベッドに話しかける母親を見て、その日の内に荷物をまとめて二人でどこかへ行ってしまった。まるで夜逃げするような速さで出て行ってしまい持ち出したのは少女の写真だけで私や少女の他の荷物はそのままだった。屋敷の従業員達は突然職を失ってしまい途方に暮れていたけれど暫くすると次の職を見つけバラバラに出て行った。
そうして誰もいなくなり暫く放置されていた屋敷は競売に掛けられた様だけれど一人娘が死に、母親が狂ってしまった屋敷は悪い噂しか立たず、中々買い手が付かなかった。
見学人さえも来なくなって暫くたった頃、ある家族が屋敷にやってきた。
父親と母親そして年は五つ程だろうか?小さな少年。母親のお腹には大きな膨らみが有り、中には小さな命が宿っているようだ。
物件の仲介人と話をしながら、屋敷を見学していた家族は私のいる部屋にもやってきた。家具や装飾品がそのままに残っている事を不審がるのを仲介人が誤魔化しながら家族は部屋を見渡す、その時少年が私を見つけると此方にやってきた。
『こんにちは』
聞こえないのは分かっていたけれど純真無垢な少年の瞳に見つめられ、私は思わず挨拶をした。
少年は私を持ち上げてキラキラと目を輝かせたあと大事そうに私を抱きかかえた。
「一緒におうちに帰ろう!」
『あら、連れて行ってくれるの?』
帰宅した少年は始め勝手に人形を持ち帰ったことに酷く叱られていたが、やがて産まれてくる弟妹の為にと満面の笑みでまだ見ぬお腹の子に話しかける少年に両親はそれ以上の追求は出来なかった。一家は屋敷の購入は見送り引っ越す事なく、私の次の居場所は少年の背中になった。
それから私は少年と常に一緒だった。
少年は私を背に括り付け一緒に遊び食事をする。時には抱っこされたり一緒にお風呂にまで入る、様は少年なりのまだ見ぬ弟妹が産まれた時の練習だったのだ。孤児院で育った私は本当の家族を知らない。孤児院で一緒に育った兄弟のような存在はいたけれどこんなにも愛情を注いでくれる人間はいなかった。
羨ましい、と少しだけ思ったあと、生まれてくる子供がやんちゃで雑に扱われないことを少しだけ願った。
「ねぇお父さん、この子も新しいお家連れていっていい?」
「あぁいいよ」
「やったね、今日は新しいお家に行くんだよ」
少年は荷物を抱えながら母親のお腹と私に話しかけた。