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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-4

ドアの外から見えた階段へ向かう。
数歩の距離のそれはすぐにつき、最初の数段を上って。
幅が狭いおかげで明かりがなくてもなんとか上っていけそうだった。
左手を壁につけ、ゆっくりと上る。
たまに何かが足にあたり、歩を止める事もあったが15分程度で5階まで上り切った。

5階に着くと、階段の右手に続く廊下へ目をやった。
ドアが5,6枚あるのが見えた。
真っ暗な廊下に一番奥、階段から離れたドアの隙間から明かりが漏れていた。

「…あれ、か? 」

右手に持っていた鍵を握る手に汗が浮かぶ。
鍵を握りなおし、足音を立てずに、ドアに近づいた。

ごくり、と、唾を飲む。
鍵穴なに鍵を差込み、がちゃり、と、回した。
シン…と、静まりかえった廊下にその音だけが響いた。

ドアノブに手をかける。
声を掛けた方がいいのかと、迷うが、結局何も言わず、ゆっくり回してドアをひき開けた。
暗闇に慣れていた目に室内は明るく眩しくて目を細めた。
室内はさほど広くはないが、会議用の長机がひとつとパイプ椅子が3脚あるだけのおかげでやけに広く見えた。
パイプ椅子は机を挟んで1脚と2脚に分かれており、ドアから見て机の奥に1脚が置いてあった。

その1脚に少女が一人座っていた。
白いチューリップハットに肩ほどの少し茶色い髪、白いメッシュの生地のパーカー。
15,6に見える顔。
頬杖をついて目を閉じたままじっと机の奥の椅子に座っていた。
その姿は普通、だった。
そこら辺にいる少女と変わらない。

「こんばんわ」

少女が口元に笑みを浮かべて言った。
室内に声が響いた。
加藤がその挨拶を返す前に、少女はまた口を開いた。

「加藤さん、加藤明さんだよね? 」

加藤の手から鍵が滑り落ちて床に当たった。
硬質な音がした。
背がぞくりとした。
冷や汗が出て、鳥肌が立つ。
今までの取材で一度もフルネームを言った事が無かったのに、なんで目の前の少女は名前を知っているんだ、と。

「………なっ」

何でだ、と尋ねようと口を開いた瞬間に少女の言葉がそれを遮った。

「何で知ってるか、でしょ? 」

少女が目を開いた。
加藤と目を合わせる。
ぐっと引き込まれる感覚が加藤を襲った。
少女の目はまるでブラックホールや強力な磁石のように加藤もその場の空気も引っ張っていった。
実際にはそんな事はないのだが、加藤は、確かにそう感じた。
ガクガクと体が震え始める。
目を合わせている事が出来なくなり、それでも目を離せないまま加藤は足元から崩れた。
白目を剥いたまま。


気がついた時、少女は心配そうに加藤の側に正座をしていた。
どこかから貰って来たらしい雑誌で倒れた男を仰いでいた。
その顔には薄い茶色の大きめのサングラスでフレームがないタイプの物だった。


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