エス-38
エスの気持ちに気づかなかったわけじゃなかった。
それを認めたら、次は自分の気持ちで、とっくにそれも気づいていたのに、どうしても一線を越えられなかった。
記者という立場で自分もエスを利用としていたから、年の差があったから、何よりエスに心の底では疑問を抱いていたから。
エスが好きだった。
笑顔を向けるエスも、泣いているエスも、寝顔も。
自分がエスを好きだと言っていたら未来が変わっていたのだろうか。そんな事は無いと現実が否定する。
遠藤があの時ああいう風になっていたのが分かっていたのに、自分に会いたがったエス。
エスは誰よりも未来に素直だったのだ。
加藤は紙をテーブルに置いて両手を覆って泣いた。
声こそ出さなかったものの肩を震わせて泣いていた。
律子はトイレから出てくるとそっと加藤の向かいに座る。
心配そうに見ている周囲に軽く会釈をし、じっと、待った。
加藤が泣き止んだのはずいぶん経ってからで、律子は顔を上げた加藤にハンカチを差し出した。
「すいません。私はエスから聞いていました」
本当に申し訳なさそうに律子が頭を下げる。加藤は借りたハンカチで涙を拭い、律子をじっと見つめた。
「いや……良いんだ。エスが、ありがとうって」
顔をあげた律子の表情が固まる。我慢していたものが溢れるように涙が頬を一筋流れた。
「……ありがとう、ですか? 」
震える声で律子が尋ねる。加藤が頷くのを見ると、次から次へと涙をこぼした。加藤がハンカチを返すと、涙を何度も拭う。
「ありがとうって……言ってくれるんだ。私、何も出来なかったのに」
律子のこんな姿を見るのは初めてだった。
加藤の胸が締め付けられる。
「エスはお前のこと、信頼してたんだな」
加藤がぽつりと洩らす。律子の顔にはじかれたような笑顔が浮かんだ。
「……ともだち、ですから」
つられたように加藤も笑みを浮かべる。
ふと加藤の頭に疑問が浮かんだ。
律子はさっき遺書じゃないと言った。
「なぁ、もしかして……エスはまだ……」
笑っていた律子の顔が真面目になる。
ゆっくりと頷く。