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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-33

「先生に迷惑をかけ先生を裏切ったから……です」

「そう、だね。……私が、それで許すと思ったか?」

遠藤の声音が変わる。先ほどの優しさは微塵も感じられない程冷酷に。
エスは体をびくっと震わせた。
一瞬だった。
さきほどまで頭を撫でていたその手がエスの頬を思いっきり殴ったのは。
エスの体があっけなく吹っ飛ぶ。
加藤が顔を上げた時にはエスは床に転がっていた。

「……っ」

加藤の頭に血が昇る。エスの手を離してはいけなかった。
加藤が立ち上がるより早く、遠藤は立ち上がり転がったままのエスを固い靴裏で踏みつけた。

「許してもらえると思ったのか? 馬鹿だな。裏切ったら終わりだと言っただろう? 」

エスの腕を踵ですり潰すように踏んでいく。エスの顔に苦痛の表情が浮かび、涙がこぼれていた。

「てめっ、何してんだ」

加藤が叫びながら近づく。
その加藤を見てエスは叫んだ。

「だめっ、加藤さん、逃げてっ! 早く逃げて! 」

加藤には最早その声は届かなかった。
遠藤に掴みかかり殴ろうと拳に力をこめた。
が、その腕は遠藤には届かない。
背後からあっという間に羽交い絞めにされる。
首を回して背後を見ると玄関にいたはずの秘書が薄ら笑いを浮かべて加藤を捕まえていた。

「先生、この男は私が」

細身の体から信じられないほどの力で加藤を遠藤から引き剥がす。
遠藤は満足そうに笑みを浮かべて、エスの胸元を掴み引き上げた。

「私を裏切るなと言ったよな? あんなによくしてやったのに、恩を仇で返されるとはこういう事を言うんだ。……いいか、よく聞け。今朝、言われたよ。もう君の事は信じないとな。総理にだぞ、私の政治生命までも奪いやがって」

エスが咳き込み顔からは血がたれていた。

「今はまだマスコミを押さえている。が、時間の問題だ。……どうしてくれるんだ」

遠藤が力任せにエスを殴る。エスの顔が赤く腫れてきた。

「やめろっ」

加藤は秘書を振りほどこうと必死にもがく。そんな加藤に遠藤が振り向いて呟いた。

「安心しろ、次はお前だ」


いや、先生、お願い。加藤さんだけは助けて」

掴み上げられたままのエスの顔から涙が次々に溢れて零れ落ちる。頬についた血がそれによってすこし薄まった。

「……加藤、加藤と。さっき私の事を愛してると言ったのになぁ……」

エスの言葉に遠藤の顔がひきつる。


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