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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-32

「この私からエスを奪うんだな」

遠藤の怒号が部屋に響く。

遠藤とエスに何があったのか加藤には分かってしまった。

エスは遠藤の協力者で愛人だったのだろう。


加藤はもう一度無理やりエスの手を握った。
エスが恐れていたのは遠藤では無く自分に知られる事だったのだろうと思った。
「だから、何だ」

加藤は空いた手で短くなった煙草を握りつぶして消した。手のひらが焼けて熱く痛かったが気にもならなかった。

「何だ、だと? 分からないのか、それは私の物なんだよ」
遠藤が目を見開いて笑いながら言う。狂った目をしている。加藤の心がざわつく。エスの手を握りしめる手に力が入る。

「エスは金になるんだよ。分かるか? エスの言葉が聞きたくて私よりはるかに力の強い者がひれ伏すんだ」

遠藤は何が可笑しいのか笑い出した。
彼はエスを使って今の地位まで登りつめ、その上、エスを使って金儲けをしていたのだろう。
加藤は遠藤の狂った笑い声を消すようにセンターテーブルを蹴っ飛ばした。

「その上こいつの体は上等ってか? お前、何様だよ」

「何様だと? 決まっているだろう、エスの所有者だ」

加藤にはエスがあんなに加藤を慕っていた理由がわかった。
「そうか。じゃあ申し訳ないがエスは」
加藤がぐいっとエスの手を引き体を抱きそう言いかけた時、エスの言葉が遮った。

「あ、あたしは遠藤先生を……愛してます」

声が震えていた。加藤は目を見開きエスを見下ろす。俯き両手を握り締めて肩を震わせて、泣いていた。

「ごめんなさい、加藤さん。でもやっぱりいけない。だってこのままじゃ、加藤さんが……」

見上げた顔。いつものようにこんな時でもエスは加藤に笑いかけていた。

「俺が……何なんだ」

エスの小さな体が加藤から離れていく。あんなの本心じゃなくて、エスが見ていた未来通りなのかどうかも分からなくて、だけれど、加藤はエスが遠藤の側に歩いて行くのを呆然と見ていた。


遠藤はエスが近づいてくるのを冷たい目をしたまま見つめていた。

「ごめんなさい、遠藤先生」

頭を下げるエス。
遠藤はその頭をゆっくりと撫でた。

「いいんだよ。ただ、分かっているね? 私が何で怒っているのか」

遠藤は優しく言った。
彼の手が離れるとエスは頭を上げて頷いた。

「……はい」

「言ってごらん」

加藤はその二人を見ながら握り締めたままだった手を開いた。手のひらに赤い火傷が残りくしゃくしゃになった煙草が零れ落ちる。


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