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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-31

二人は廊下でしばらくそのまま泣いていた。
そんな時間に終わりを告げたのは、突然響いた玄関の鍵を開ける音だった。

「……遠藤先生」

エスの体が固まる。
加藤が先に立ち上がり顔を袖で拭った。
荒々しく玄関のドアが開き、土足のまま遠藤は入ってきた。
神経質そうな顔、ピシッとしたスーツ。
いかにも政治家という格好して廊下の二人に目をやる。

「エス」

威圧感が加藤にも冷や汗を流させる。
呼ばれたエスがのろのろと立ち上がり、頭を下げた。

「居間へ。話がある」

加藤には一瞥しただけで何も言わず、さっさと居間へ歩いていく。エスが涙を拭ってから俯いて後についていった。玄関には遠藤の秘書と思われる人物が立っていて、加藤を見ていた。加藤も二人の後を追った。


リビングのソファーに遠藤が足を組んで座っている。
エスはその向かいに座り俯いていた。
リビングに入ってきた加藤の姿を見て遠藤が薄く笑う。

「君も掛けたまえ」
政治家特有の偉そうな態度に加藤は奥歯を噛み締めた。
エスの横に乱暴に座るとおろしたての煙草を箱から抜き火をつけた。
遠藤はその様子を目を細めて見やり、加藤が何回か煙を吐いてから口を開いた。

「今朝言われたよ。どういう事か、とね」

エスは唇を噛み締めたまま顔を上げ遠藤を見た。

「約束が違うね? エス」

加藤には話の意味すら分からない。
が、それを聞くことが出来ないほど空気が張り詰めている。

遠藤は身動きせずエスを見ている。

加藤は横目でエスを見た。こうなる事が分かっていたはずなのにその姿は捕食される前のネズミのように震えていた。
思わず加藤はエスの手を握った。
エスが驚いたように加藤を見る。
遠藤も同じだったようで片眉を上げた。
そしてさも下らないと言うように舌打ちをした。

「……なるほど」

エスにはこの一言で十分だった。加藤の手を振り払い、遠藤に首を振る。

「ち、違いますっ」
加藤はエスと遠藤を交互に見た。
遠藤は加藤を鬼のように睨みつけていた。

「お前が」

加藤に向かって発せられる言葉。加藤も負けじと遠藤を睨む。

「お前がエスを奪うのか」

エスが耳を両手で塞ぐ。加藤の背筋に嫌な汗が流れた。


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