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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-29

エスが立ち上がり席を立つ。
加藤はじっとその姿を睨んでいた。

「……ごめんね、巻き込んで」

エスは頭を加藤に向かって下げた。

「本当にごめんなさい」

顔を上げたエスの目に涙が溜まる。瞬きをしたら今にも零れそうなくらいに。

「それでも、加藤さんに会いたかった。ずっと、ずっと、加藤さんを見ていたの。鏡に写った自分の向こう側や瞼の裏に。加藤さんだけなの、本当に、加藤さんだけ。あたしの力を自分の未来を目当てにしてなかったのは、加藤さんだけなの」

話している間に瞬きを繰り返し、エスの頬は涙で濡れていた。終いには嗚咽が混じり、しゃっくりを繰り返す。

加藤は睨んだまま、エスに問いかけた。

「じゃあ、ちゃんと話せよ。遠藤との事、お前の過去の事、これから何があるのか、俺はどうなるのか。お前がどうなるのか。いつまでここにいなくちゃいけないのか」

「……出来ないの」

「なんで」

エスは両手で顔を覆って首を振った。
加藤が立ち上がる。勢いで椅子が大きな音を立てて倒れた。そんな事気にも留めずエスの腕に手を伸ばし、掴む。顔を覆っている手を引き剥がすようにどかすと、目を見開いて睨んだ。

「だって、何だ。見えるんだろう? 未来が!」

それでもなおエスは首を振った。

「どっちにしても、加藤さんを苦しめるから、言えないっ」

加藤の手を振り払ってエスは逃げようとする。加藤は力を込めてエスを引っ張った。テーブルの上のカップが倒れて飲みかけのコーヒーとミルクティーが零れる。流れた液体が小さな滝のようにテーブルから落ちて床に水溜りをつくった。

「逃げんなよ」

エスはそれでも逃げようと自分の腕を体に寄せた。が、加藤の力には敵わずその場に立ち竦む。

そんな二人のやり取りを止めたのはテレビだった。先ほどまで見ていた番組が終わり、次のワイドショーが始まった時、加藤は耳を疑った。

『現在、話題になっているエスという預言者の少女ですが、十年ほど前に一時話題となりました、あの少女と同一人物だという事がわかりましたっ』

現場に行っている若い女性アナウンサーが興奮したように、山奥の古びた家の前に立っている。

加藤は画面に気を取られ、その映像に目が奪われた。その一瞬の隙をついて、エスは加藤を振りほどき、廊下へ走っていく。どこかのドアが閉まり、鍵がかかる音がした。加藤は画面に見入っていた。


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