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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-25

「無理、無理だよ。料理したことないもん」
あんまり強く振ったので髪がぐしゃぐしゃになった。
加藤は思わず吹き出し笑い、リモコンでテレビを消してから、腕まくりをした。

「じゃあ、俺が作ってやろう」


30分後にはダイニングにあるテーブルに湯気が立つパスタが並んでいた。

加藤が立候補した後、エスはとんでもないという表情をして加藤を止めたのだが、押し切って調理を始めた加藤の腕前を見る内にキラキラと顔を輝かせて褒めちぎった。

パスタを前に椅子に座りエスは笑顔を絶やさない。

「すごいね、加藤さん」

手を拭きながら加藤が向かいに座る。

「見てないのか? 俺、コックだったんだ」
フォークをエスに手渡す。
洗ったばかりで水滴がついている。

「……見てないって言ったじゃない。加藤さんの事ほとんど知らない」

エスが受け取る。
トマトソースからはガーリックのいいにおいが立ち昇っていた。

「……本当か? 」
「うん。いただきます」
エスは綺麗な動作でパスタを食べ始めた。

「……そうか、悪いな。疑って」
加藤も食べ始める。
エスに比べたら行儀が悪く見えた。

「いいよ。気にしない。おいしいね」
口に入れた分をきっちり飲み込んでから伝える。

「そうか。乾物と缶詰しかないから心配したけど、よかったな。ガスも来てて」
「そうだね」

二人が半分ほど食べた時ドアチャイムが鳴った。
突然の事に二人の動きが止まる。
エスは小さく頷き、大丈夫、と呟いた。

「ロビーからだから」

エスは言い、立ち上がりインターフォンへ向かう。
加藤は口の周りを舌で舐めてから側にあったティッシュで口を拭った。
受話器を取るエスを加藤は見ていた。
フォークでパスタをもてあそぶ。
小声で話すエスが加藤の方に笑顔を向けた。
また背を向け何度か頷き、パネルを操作する。
それから加藤の方を向いた。

「律子だった」


エスは本当に嬉しそうだった。
それで初めて気づいた。
加藤はエスと律子が対面している所を見た事がなかった。

数分後に現れた律子は以前会った時と同じ格好をしていた。
加藤の姿を見て頭を下げる。長い黒髪が揺れた。

「こんばんは。ご無沙汰しております」
正しい挨拶を出来る高校生を久しぶりに見て加藤は自分も頭を下げる。

「久しぶり。元気そうで何より」
加藤が顔を上げ声を掛けると律子も顔を上げた。
エスはその様子を笑いながら見ていて、二人に間が出来ると律子に近づいて抱きついた。

「会いたかったー」
「私も」

律子もエスの背に手を回す。
加藤はポケットから最後の煙草を出して火をつけた。


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