エス-20
「お前、今どこにいるんだ。・・・・・・悪かったな。俺のせいで」
「・・・・・・いいの。加藤さんと会う前から知ってたんだから」
「・・・・・・それでも俺に会ったのか? 馬鹿だな」
「馬鹿だなんて、ひどい。・・・・・・今ね、あのお店にいるの。覚えてる? 」
だいぶビルから離れた場所で立ち止まり一人頷いた。
「あぁ、木村さんのだな」
「うん。そこにいるから。ばれないように来てね、木村さんには迷惑かけられない」
「あぁ、分かってる」
エスの返事を聞かないまま加藤は通話を終えた。
頭に地図を描いてみる。
(ここからなら15分くらいか)
人通りの少ない通りを選んでルートを決め、歩き始める。
細い路地に入り自嘲的に笑う。
渋谷にも詳しくなったもんだな、と。
相変わらずの佇まいでその店は静かに同じ場所にあった。
辺りを最後に見渡してから階段を下りる。
店のドアには「CLOSE」の札が掛けられ、遠慮がちにノブを回すと静まり返った店内にテレビの音が響いていた。
「加藤さん! 」
ドアの開いた音に反応して振り返った数人の従業員の中にいつもの帽子のエスがいて、笑顔で名を呼んだ。
「遅くなったな。お土産はなしだ」
木村と数人の従業員に頭を軽く下げエスの側へ行く。
テレビでは若い女性アナウンサーがあのビルの前から中継をしているところだった。
エスの噂は思ったより広がっていて、他の奴らも追っていたのかもしれない。
加藤は目を細め、また拳を握り締めていた。
「・・・・・・見てるでしょうね、遠藤先生も」
背後から声を掛けられ振り返ると木村が人数分のコーヒーを持ってきた所だった。
「今日はサービスですから」
加藤の前にコーヒーを置き、木村が言う。
エスはカップに顔を近づけ香りを楽しんでいた。
「見てるよね」
全員にコーヒーが行き渡り、香りを堪能し終えたエスが口を開いた。
「先生の政治生命に関わる事だもん。あたしが本当にそういう力があるかどうかは別にして、得体も知れない少女に力添えして貰って・・・・・・、しかもその少女に金銭的援助もしてるってなったら信用はガタ落ちだもん」
カップを両手で持ってエスはコーヒーを啜った。
「だから、もうすぐ掛かってくるよ。電話」
店においてあるピンクの公衆電話に視線が集まる。
その時、電話が鳴った。
バイトの女の子が体をびくりと震わせて木村を見た。
名札には鈴木と書いてある。
いつもは彼女がとっているであろうそれを木村は頷いて、自らが取りに行く。
「もしもし」
受話器を取って耳に当てる。
だがすぐにエスの方を向き、一言二言電話の相手と言葉を交わすと通話口を手で塞ぎエスに差し出した。