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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-19

「なんだって、聞いてるんだ」

加藤は雑誌を床にたたきつけた。
編集長は笑みを浮かべたまま視線を鋭く加藤を見下ろした。

「何だ、じゃねぇだろう? 知ってて嘘ついて、お前、記者じゃねぇのか」
煙草の煙を加藤に向け吐き出しながら編集長は言った。

「お前をつけてたのは山田だよ。あいつはお前が変だって事に気づいててな。・・・・・・ああいうのを鑑っていうんだろうなぁ」
くっくっくと笑いを堪えながら仲間を平気で売った目の前の男に加藤は腸が煮えくり返っていた。

気づいた時には編集長は床に吹っ飛んでいた。
加藤の右手が赤く腫れる。

「てめぇは最低だ。クズがっ! 」

物音に同僚や他の部署の者が騒ぎ出す。
なおも編集長に殴りかかろうとする加藤に誰かが後ろから止めた。
女子社員の悲鳴が廊下に木霊する。

ただすっぱ抜かれただけ。
横取りされる事だって、他社に取られる事だって、ある。

ただ、エスの事だけは、世間に洩らしてはいけないと、そう思っていたのに。

加藤は拳を握り締めると背後から羽交い絞めにしていた同僚を振り切って走り去った。
今はエスの元に行かないといけないと、それだけだった。


渋谷。
女子高生が一人雑誌を買えば、そこでは百人が同時にその情報を手に入れたといって過言ではないほど、情報伝達は早かった。
加藤がエスの居るビルに着いた時には既に先客たちが押しかけていた。
スカートの短い、茶色の髪の少女達。
ざっと数えただけで30人ほどが、往来を阻んでいる事も気にせずに道端に座り込み喋っていた。
何人かは見たことがあった。
自分が聞き込みをした子やエスと一緒の時に話しかけられた子。

「やばいな」

集団から顔を隠すように道の反対側へ渡る。
顔を上げビルの5階を見上げた。
部屋は暗く、人がいる気配すら感じられない。

その時、携帯が低い音を立てて唸った。
振動は止まらず、メールでないと判断した加藤はろくに画面を見ることもせず通話ボタンを押した。

「もしもし」

上の空だが反射的にそう言うと一瞬だけ間をおいて相手が喋り出した。

「・・・・・・加藤さん? あたし」
「エス! 」

思わず大声で電話に向かって呼んでしまい、加藤は慌てて辺りをうかがった。
誰かに聞かれたらマズイ。
その場からそのまま歩いて離れながら電話に集中する。

「エス、です。ごめんね。何も言わなくて」
「・・・・・・知ってた、んだよな」
「うん・・・・・・」

反対側の道をどこかのテレビ局がビルに向かって歩いていくのが見えた。
この騒ぎだ、聞きつけたんだろう。
これでもう後戻りは出来ないと、加藤は思った。


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