投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

エス
【純愛 恋愛小説】

エスの最初へ エス 1 エス 3 エスの最後へ

エス-2

辺りの看板に明かりが入る。
加藤はまだ渋谷にいた。
山田はああ言っていたが、おっさんもいい加減堪忍袋の尾が切れる頃だ。
加藤自身情報を得られないことに苛立ちを覚えていた。

あの少女と別れた後、同じような高校生や若者に何度も声をかけたが、皆同じような答えだった。
挙句の果ては、キャッチをしている男にも声をかけた。
怪訝な顔をして対応してくれた彼らからも有力な情報は何一つ得られなかった。

口を揃えて言う事は、「『エス』が占いをやる事」「女らしいこと」「ふらっと渋谷に来ては何人か占って帰って行く事」「そして誰一人として連絡先も本名も知らない」という事だった。

「クソっ、だからガセだって言ったんだ」

加藤は転がっていた空き缶を蹴っ飛ばす。
硬質な音を立てるそれに、一瞬、周囲のごく少ない人間だけが視線を向けるが多くは何事もなかったかのように、日常だと言わんばかりに、無関心に通り過ぎる。
視線を向けた人間も次の瞬間には足を動かし、その場から去っていった。

胸元から煙草を出して、加藤は火をつけた。
ジュ…と煙草の先は音を立てて赤く燃える。
目を閉じて深く吸い込むと煙草の煙はあっという間に加藤の体を巡った。
これで落ち着けるなら安い物だ。
記者になってから増えた煙草に安堵を求めるように何度も深く息を吸う。
3度目の煙を吐きながら目を開けると、そこに、変わった少女が居た。

変わった、と、言っても奇妙奇天烈ではない。
ただこのご時世、この時間帯、この渋谷に珍しい格好をしていた。
歴史がありそうな濃紺のセーラー服の制服に三つ折りソックス、流行のルーズもなければ茶髪もない。
それでいて、ダサいというイメージは持たせない、凛とした雰囲気を持っていた。

「エスを探しているのは、貴方ですよね?」

黒い背の中心ほどまである長い癖のない髪を耳に右手で掛けながら加藤に尋ねる。
加藤の喉仏が動いた。
ゴクリと、音がしそうなほどに。

「あぁ、そうだよ。けど噂程度の情報ならまっぴらだ」

肩をすくめて笑って見せる。
だが、ポケットに入れた手は握り締めていた。
少女がふいに少し馬鹿にしたように笑った。

「そうですか。エスはあなたに会いたいと言っているんですが。これも噂程度ですか?」

加藤の心臓が早鐘を打ち始めた。咥えていた煙草を地面に投げ捨てる。
少女はそんな加藤を尻目に踵を返した。
人ごみを物ともせず少女は足早にその場を後にする。
加藤は何も言わず、ただ、それに着いて行った。


しばらく歩いた所で少女は足を止める。
渋谷に来慣れた人間ならば違う場所と分かるだろうが、あまり来た事のない人間ならばそこは先ほどの場所と違うとは思えないほど似通った場所だ。
渋谷にはそういう場所ばかりだ。
そこは雑居ビルの前だった。昼間は人が居て夕方にはその延長で窓には明かりが灯るのかもしれないが、時間が時間だけに、窓のほとんどは真っ暗だった。


エスの最初へ エス 1 エス 3 エスの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前