エス-18
「腫れが引いたら買い物にでも行こうか」
加藤が椅子を置きなおしながらエスに声を掛けた。
エスは先にもどしてくれた椅子に両膝を抱えて座りながら頷く。
机においてあったサングラスをかけて、加藤が買ってきたサンドウィッチを出した。
加藤も椅子に座り、向かい合う。
エスは自分を見ている視線に気づき、顔を上げた。
「ひどいな、って顔、してる」
サンドウィッチを開けながらエスが言った。
加藤はまぁな、と、頷いて、同じようにサンドウィッチを開けた。
「…ごめんなさい。心配かけて」
「いいさ。俺がしゃしゃり出る問題でもないしな」
サンドウィッチを持ったままじっと加藤の顔を見る。
苛立って見える顔、エスはタマゴサンドを口に運んだ。
鉄のような味とタマゴとマヨネーズ、それとパンの味が混ざって涙が浮かんだ。
「あたし、タマゴサンド、好き」
ぼそぼそと呟く声が鼻が詰まっている声で加藤は顔を上げた。
エスは涙を流しながら俯いて口だけを動かしていた。
「次からは言えよな」
手を伸ばしてエスの頭を撫でる。
小さくエスが頷いた。
「よく噛んで食えよ」
もう一度エスが頷いた。
それきり二人は会話をせずに、もくもくと食事をした。
買い物は結局行かず、いつものように、空が暗くなってから加藤は自宅へ戻った。
エスは加藤が去っていく様子を窓からじっと眺めていた。
人ごみで加藤の姿はほんの一瞬しか見えず、それでもずっと外を眺めていた。
加藤は当然の事ながらまだ何も知らなかった。
エスが狙われていることに。
もっとも厄介な者たちに。
次の週の月曜日。
書店の店頭にはある週刊誌がいつものように陳列されていた。
表紙の見出しにはカラフルに色づいた背景に黒い太い文字で芸能人のゴシップや殺人事件の記事のタイトルが並ぶ。
通常の週刊誌とただ一つだけ異なったのは一番目立たない場所ではあったが、実しやかに噂されていた真相を捉えたというタイトルだった。
『スクープ! ついに謎の超能力者エスの居所を本誌が直撃!!』
それは加藤の所属する出版社の週刊誌だった。
「お手柄だな! 」
廊下で通りすがりに編集長に肩を叩かれ手渡されたばかりの週刊誌をめくって加藤は呆然としていた。
見開き1ページ半に渡って特集を組まれたエスの記事は狙ったとしか思えないほど、あの事務所の場所が分かるような写真が貼られ、盗撮したらしいエスと加藤が二人で写った写真は目を隠してあったが、写真は実に鮮明な物だった。
「・・・・・・なんすか、これ」
顔をあげた加藤を編集長はにやにやと厭らしい笑いを浮かべ、煙草を咥えた。
ポケットから100円ライターを出すとゆっくりと火を付けた。