エス-14
「何でもいいぞ。俺が料金も払ってやる。使いすぎて怒ったりもしないからな」
エスは何も言わずに、棚に並んだ携帯と加藤を見比べていた。
「…どれが良いか、分からない。……どう違うの?」
いくつか手に取ってパカパカと開いたりしてみながら、加藤に声をかける。
オレンジ色のパーカーを羽織った店員がすかさず近寄ろうとするが、加藤はそれを手で制した。
「どれも大して変わらない。……どれでもいいよ。色で選んでも形でも。何色が好き?」
「…ピンクかな」
「じゃあこれは?」
加藤が手にしたのは売れ筋という手書きのポップが貼られたものだった。
エスはディスプレイされていた見本を加藤から受け取りまじまじと見た後、うなずいた。
「よく分からないけど、これでいい。加藤さんが選んでくれたんだし」
契約や面倒な手続きは加藤がやった。
と、言っても、店員が進んであれこれ決めてくれたのだが。
店を出て二人はコーヒーショップへと足を運んだ。
エスの左手には小さな紙袋があり、加藤を見上げながら楽しそうに歩いていた。
「あっ、エスじゃん」
声をかけて来たのはエスと同じくらいの子で制服を着てルーズを履いていた。
「みっちゃん」
エスは手を振る。
みっちゃんと呼ばれた少女はエスの持っている袋を目ざとく見つけた。
「やだ、エス。携帯買ったの?えー、番号教えて。メル友になってよ」
鞄に手を突っ込んで自分の携帯を出す。
エスは困ったように加藤を見上げた。
そんな様子を見てみっちゃんは怪訝そうな顔をして加藤を見た。
「誰、この人。っていうか、最近エスがよく渋谷で男と歩いているって聞いたけど、こいつ?」
「あ、うん。加藤さん。…あ、番号とかメル友とかまだよく分からないの」
「あ、だよね。エスは占い当たるけど、そーいうとこ鈍いし。じゃあ、あたしの番号とメアド教えるから、絶対連絡してよ」
加藤には挨拶もせず、メモにオレンジのペンで番号とメールアドレスを記入すると、エスに手渡した。
「じゃあ、またね。加藤さんも」
加藤は明後日の方向を見ていたが、その声で振り向き手を振った。
エスは小さくうなずいて手を振った。
「またね、みっちゃん」
「うん。じゃね」
その後も同じようなやりとりが何度も繰り返され、コーヒーショップにたどり着く頃にはエスのポケットはメモだらけになっていた。