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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-13

「……言え」
加藤の口調が強くなる。

「……あ、あのねっ……」

エスの目に見る見る間に涙が溜まっていく。
瞬きをした瞬間にそれは蓮の葉が風に揺れ、溜まっていた水が落ちるように頬を伝った。
加藤は驚いて目を開いた。
エスが感情を露にするのは二度目だった。
最初に会った時は何かを我慢するようにいつも一歩引いた所から物事を見ていた。
いつからかは知れないが、エスの感情は誰も興味が無かったのかもしれない。

荷物を床に置き、そっとエスに近づく。
机に身を乗り出すようにして手を伸ばし帽子をそっと取った。

「どうした。言って良いんだぞ」

「………」

エスは首を左右に振った。
俯いてしゃくりあげて泣いていた。

「言えない事なのか?」

エスが小さくうなずく。
頭が上下に揺れた。

「何で」
エスは黙ったまま動かない。

「…未来を見たから? 未来を知ってるから言えないのか? 」

加藤がやわらかい口調で尋ねた。
エスは首を縦に振る。。
加藤はため息をついた。

「言えって」

エスは顔を上げた。
口を開きかけて止める。
それが何度も続いた。
赤くなった鼻、涙で汚れた顔、潤んだ瞳。
小さな子供のようだった。


「分かった。明日も……ここに来るよ。明日も明後日も。来れない日もあるかも知れないけど、出来るだけ来る。だから、エス、我侭になる練習をしよう」

エスは小さくまた頷いた。
エスが落ち着くまで加藤は頭を撫でていた。
次第に涙が止まり、エスは、顔を上げ笑った。
加藤は手を止め、エスに言った。

「携帯電話を買いに行こう」

エスは首を傾げた。
それからまだ涙声で加藤に尋ねた。

「どうして?」

「普通の人間は誰が何時に来るか、連絡を取り合って分かるだろう。これからお前が分かってるとか分かってないとかそんな事気にせず来る時は必ず連絡する。だから、携帯が要るんだ。」

エスはポカンとしていた。
加藤はそんなエスを急きたて、二人は数分後には携帯電話を扱う店の中に居た。
目を腫らした十代の少女と男。
こんな組み合わせにも渋谷の店員は驚かなかった。


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