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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-11

「おはようございます」

なるべく気づかれないように声を低くして声を掛ける。
が、編集長は待ち構えていたかのように、姿を見つけ、近づいてきた。

「あー、やっと来たな。例の話はどうなった」
ぐいっと加藤を引っ張りながら騒がしい室内を横切る。
加藤は同僚の哀れむ目を見ながらあっという間に編集長と書かれたデスクの前に連れて行かれていた。

「…あー…それは、その。今まだ取材中でして」

椅子に座る編集長を見ながら加藤は所在無くデスクの前に立ち、頭を掻いた。
すぐ後ろに座る女子社員が嫌そうな視線を送るが加藤には届かない。

「取材中? …ったく、お前が取材すれば何ヶ月もかかっちまう。打ち切りだ!! 」

「い、いや! でも、エスには………!!! 」

加藤は必死にメモを出そうと手をポケットに伸ばした所で止まった。
何となく、根拠も何もないのだが、エスの事を黙って居た方がいいと思った。

「…んだよ、エスが、どうした。お前の言うとおりガセだったんだろ。それとも、見つけたのか?」

編集長の目が鋭くなる。
この目だ。
エスがこの目に捕まったらあっという間に世の中に伝わる。
そうしたらエスはあの事務所にも、渋谷にも、日本にも。
この世の中に居れなくなるかも、しれない。

加藤は首を横に振った。

「いや、すいません。初めてやらして貰ったネタだったんで。こんな形で終わるなんて悔しくて。そうですよね、ガセだったんです」

無理をして笑顔を作った。
編集長は怪訝そうな顔をしていたが、やがて、にやりと笑いこう言った。

「ま、そんなもんだ。次は一人でやってみろ。何でも良い。そこら辺にあるネタで良いからな。良かったら載せてやる。…とりあえず書け。そんだけだ」

編集長に頭を下げると加藤は自分の机に戻った。
ほったらかしにして置いた仕事を2、3片付けると、早々に職場を切り上げ、渋谷へと向かっていた。


太陽が高い昼過ぎ、日光を浴びながら加藤はエスの居る事務所があるビルの前に立っていた。
このまま帰ってもエスはすべて知っているのだから、何も思わないだろう。
それが本当の未来になるんだろう。
エスは変わらないと言っていた未来になる。

エスの話を聞いた今、自分が選んでいるのも意味を為していないのではないかと疑ってしまっていた。
自分の意思など関係なく全てが決まっているような感覚が抜けない。

入り難いのはそれだけじゃない。
取材が中止になったから、もう来れない。
それを言うのは気が進まなかった。

人の流れが川にある石を避けるかの如く加藤を避けて行った。
そんな石を突付く魚のように背後から肩を叩かれる。
考え事に没していた為かいつもより少しオーバーなリアクションで驚き振り返るとそこに笑顔のエスが居た。
いつものチューリップハットにドーナッツ屋の袋を提げている。


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