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はるかぜ
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にわかあめ-3

それからしばらくして、状況は何も変わらず、ただ段々と春が深くなってきて、桜の木は青々とした葉を茂らせていたし、風も随分爽やかになった。少し離れた所にあるスーパーに行ってカレーの材料を買って夕方帰ってきたら、春風のアパートの横の道路に、外車が停まっていた。見たこともない車だけれど、それは、この土地に不釣合いで一目で『暁』に関係する人だと思った。本当はいけないのに、走ってアパートまで行き、急いでアパートの階段を駆け上がり、ポケットから鍵をもどかしく出して開けた。走ったせいで咳が何度も続いて出た。ドアをゆっくり開け倒れるように中に入る。呼吸が出来なくて苦しい。
その両方の音で中にいた春風が慌ててドアを乱暴に中から開け、私を抱えて部屋の中に座らせた。横になったスーパーの袋から色んな物が転げた。ジャガイモとかニンジンとか。

「どうしたの? 走ったの?」

春風が水が入ったグラスを渡してくれる。心配そうな顔。そっとそれを受け取って飲み干すとだいぶ楽になった。それでもまだ咳き込んでいると、上から春風じゃない声が降ってきた。

「へー、それがお前の女?」

聞いた事のある声。ゆっくり上を向くと、『暁』の仲間の一人がそこにいた。確か名前は…雨水(うすい)。春風は私を庇うように自分の後ろに移動させた。雨水は煙草に火をつけ煙を吐いた。気管にそれが入ってきて私はもっと咳き込む。

「それに、雨水、この部屋は禁煙だ」

春風は『暁』になっていた。低い声で雨水にそう言うと、ちらりと私を見て申し訳無さそうな顔をした。

「あー、そう。ごめん、知らなかった」

雨水はそう言いながらも煙を緩く吐く。私はなるべくその煙を吸わないように、顔を背けた。

「悪い帰ってくれないか?」

『暁』が言う。雨水はさもそれが気に入らないように鼻で笑って立ち上がり、私の顔を覗き込んだ。煙草と甘ったるい香水の匂いが近寄ってきて、思わず、相手の顔をみてしまった。それが悪かった。目があった瞬間思い切り煙を顔に向けて吐き出され、息を止めるのも間に合わなかった。止まりかけていた咳がまた復活する。息が出来ないくらい咳き込む。『暁』が立ち上がり雨水の胸倉を掴んでそのまま壁に押し付ける。壁がすごい音を立てて家が揺れた気がした。

「…平気だよ」

咳紛れに呟いたけれど、『暁』の耳には入らなかったようで、彼は雨水の咥えていた煙草を素手でひったくり握りつぶした。思わず目を閉じる。ジュっと焼ける音が聞こえそうなくらい、痛々しかった。それでも彼は動じず、雨水に

「禁煙だって言ったろ?怒らせるなよ」

と、本当に低い声で言い放ち胸倉を掴んだまま玄関のドアを開けて、外へ投げ出した。雨水は咄嗟に体勢を崩したもの玄関の外で唾を吐いて『暁』の後ろの私を睨んだ。それから、ポケットからマッチを出して、『暁』に向けて投げた。彼はカシャっと玄関に落ちたそれを拾おうともせずドアを閉める。外から雨水が

「会いに来るまで、俺が来るからな」

と、叫んだ声が聞こえた。


外車のエンジン音が遠くに消えてやっと『暁』は春風にもどった。大きなため息をつきながら煙草を握り締めた手を開く。潰れた煙草が床に落ちて、私は咳をしながら急いで側によって春風の手を見た。小さいけれど火傷になっている。

「大変、冷やさないと」

独り言のように呟いて立ち上がろうして、腕を引っ張られそのまま落ちる。

「きゃっ……」

目を瞑って衝撃に耐える準備をしていたけれど、それはこなくて、そっと目を開けると春風が抱きとめてくれた。

「ごめん」
「どうして」

胸が痛くなる。あの人は何しに来たの?って聞きたくて仕方なかった。春風はそっとそれでも強く抱きしめて耳元で囁いた。

「ずっと一緒に居るから。……もう失わない」

私の心の中で雲がまた出てくる。
それって、代わりってこと?『暁』が失った女性の代わり?


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