「淫らな弔い」-1
「舞ちゃん。久しぶり」
その夜現れた客を見て舞は驚きの声を上げた。
「た、橘先生!?何でここに?」
以前、郭に来る前に足の怪我で入院した舞は夜な夜な現れる謎の医者であるこの橘に良いように悪戯をされていたと言う過去がある。
「ん…?あぁ。ここの楼主とは懇意にさせて貰っていてね。時たま遊びに来るんだ。同期なんだよ。大学の」
橘は舞の驚きを気にした様子もない。
「大学?って事はご主人あっ…楼主さまもお医者さんなんですか?」
「あぁ。彼は産科の医師免許を持ってるよ。郭をやってくには何かと便利だよね。そのうち舞ちゃんも赤ちゃん取り上げて貰うことになるんじゃない?」
からかうような眼差しに舞は黙ってかぶりを振った。
「…仕事前には避妊薬を飲んでますから」
舞の年齢にはまだそぐわない危険な薬。
けれども、学校に通うためには、子をはらむ訳にはいかない。
この街では基本的に避妊の概念はない。
“花姫”の産む子供は楼の財産として大切に育てられ、女の子なら“花姫”に、男の子なら下働きとして雇われることが決まっていた。
また、この“花屋街”を利用する者は身分をきちんと保証された者ばかりで、事前にきちんと病気の有無を検査した上でなければ入街は出来ない仕組みになっている。
そう言った意味で、妊娠を人為的にコントロールせざるを得ない舞の存在はこの街ではどこまでも異質だった。
楼内でもあからさまな特別扱いを受け、舞は気を許せる仲間を持てずにいた。
忽ち暗くなった舞の顔をするりと撫でると橘は囁いた。
「義弟さんの手術、無事に終わったよ」
その言葉に舞がはっと顔を上げる。
「…何で、それを」
シレッとした顔で橘は答えた。
「だって僕が執刀したから」
何だ、やっぱり知らなかったのかと呟く橘を前に、舞の唇は意味をなさない開閉を繰り返す。
「…売られたんだってね。弟さんの手術費用が必要だからって」
見る間に舞の瞳は色をなくす。
それは、舞に取って誰にも知られたくない秘密だった。
肯定も否定の言葉も紡げずに、舞の唇はわななきを繰り返す。
そして、橘は舞の更に深い秘密にぬるりと入り込んできた。
「でも驚いたなぁ。あの綺麗なお母さんと舞ちゃんが本当の親子じゃないなんて」
その唇をふにふにと橘は弄ぶ。
「あんなに、仲が良さそうに見えたのにね」
邪気のない笑顔こそが、この男の邪気の証。
網に掛かった蝶をいたぶる蜘蛛のように、橘は舞を絡め取っていく。