10年越しの友情-4
そんな俺の僅かばかりの期待に反して、足音はどんどん近づいてくる。
そして近くまで来ると、急にピタッとその音が止んだ。
すぐ側に誰かの気配がする。
俺は、固くまぶたを閉じた。
と、その時…何かが髪を掠めた。
何度もフワフワと触れて、焦れったいのかくすぐったいのかよく分からない。
たぶん、誰かの手なんだろう。
(水沢か?……いや、違うよな?)
水沢なら、一思いにバシッと叩くなり蹴飛ばすなりするはずだ。
(じゃぁ、誰が…)
俺は、恐る恐る目を開けた。
すると、あろう事か、目の前に聖のドアップが……
(はぁぁっ!?)
思わず叫びそうになるのを、ギリギリの所で抑える。
まさかその正体が聖だなんて、考えてもみなかった。
(な、なんで聖が……まさか、水沢の仕業なのか?)
俺は何とかして動揺を落ち着かせようと、もう一度まぶたをしっかり閉じてみる。
何がどうしてこうなったのか、状況がイマイチ理解できない。
そんな俺の耳に、追い討ちをかけるように聖の声が届いた。
「このままだと、顔に痕が付いちゃうもんね!そう、それだけだもんね!」
ますます状況が理解できない。
とりあえず、聖は俺が起きていることには全く気付いていないらしい。
(な、何を…するつもりなんだ?)
聖の動きが気になりつつも、俺は狸寝入りを続ける。というか、今さらどこで目を開けたら良いのか分からない。
すると、不意に目元に違和感が…スッと、かけていた眼鏡が引き抜かれた。
「ふふっ!」
満足そうなその声に堪らず目を開けると、聖は机の傍らにしゃがんだまま、何やらクルクルと表情を変えている。
手にした俺の眼鏡を見つめてニコニコしてみたり、『う〜ん』と唸ってそれを自分でかけてみたり…これが聖でなければ、正直、怪しい人間だ。
まぁ、聖だから、何をしてても可愛くしか見えないんだが……
「面白い?」
「ひゃっ!」
声を掛けた途端、聖はあからさまにビクッと体を揺らした。
イタズラを見つけられた子供の様に、俺の眼鏡をかけたままで、そろ〜りと視線をこちらに向ける。
「こっ、光輝君っ!?お、起きてたの?いつから?あっ、えっと…そう、眼鏡!外しておいてあげたからっ!」
今さら何をそんなに慌てる必要が有るのか…聖は水沢並みの早口で、一気に言葉をまくし立てる。
「少し落ち着けば?」
俺は、そんな聖の頭にそっと手をやった。
「はい…」
聖は素直に頷いて、口をつぐむ。
少しだけ肩を落としてうなだれているその姿は、まるで、耳を垂れてしゅんとする子犬の様だ。
もうヤバいくらい可愛くて堪らない。
「良くできました」
俺は、このまま引き寄せて抱きしめたい衝動をギリギリの所でグッと抑えて、聖の髪をゆっくりと撫でた。
今、自分に負けて抱きしめてしまったら……聖を放せないどころか、それだけで済ませる自信が無い。
そんな危うい状態でしばらく触れたままでいると、急に聖がモジモジしながら視線を外した。
「ね、ねぇ…」
「ん?」
(どうしたんだ?もしかして…撫でられるの、嫌だったのか?)
聖の様子に、一瞬ヒヤリとする。
「……いつから起きてたの?」
(あぁ、なんだ。そんな事か)
「ずっと起きてたよ」
俺はわざと、サラッと言った。
先程と同じ様に、また聖が動揺を示すのは目に見えているのに…どうも本人を前にすると、悪戯心がうずいてしまう。
そして、案の定聖は、大きい目を更にまんまるにさせて動揺を露わにした。