僕とお姉様・最終話〜僕と一緒に暮らしませんか〜-1
家に帰ると、いつも置いてあるお姉様の赤い車がなかった。
変だな、昼間は大体家にいるのに。
「ただいま…」
扉を開けた瞬間に感じる違和感。
おかしい。
すっきりしすぎてる。いつもはもっとお姉様の靴でごちゃごちゃして…
「――っ」
思考回路より先に足が動いて階段を駆け上がった。
まさか、
まさか―…
足下から這い上がる嫌な予感を引きずって部屋に飛び込んで、
「…」
言葉を失った。
目の前には今朝までと全く違う空間が広がっていた。
室内を明るく彩っていたカーテンやシーツは元の暗い色に戻されているし、西日を浴びて床をカラフルに染めた窓のクリアシールは一つ残らずゴミ箱に捨ててある。ほとんど占領されていたタンスや押し入れの中も、僕の物だけが寂しく残されていた。
転げ落ちるように階段を降りて家中を手当たり次第探しても同じ。まるでここにいた証拠を消し去ったかのよう。
僕があげたあの安い箸すらない。
家捜しする一方、右手の親指はお姉様の携帯へ繋がる短縮ボタンを押し続けた。でもいくらリダイヤルしても聞こえてくるのはコール音が留守番電話に切り替わる音声だけ。何度かけ直しても同じ。何度も、何度も何度も…っ!
大きく腕を振りかぶって携帯を床に叩き付けた。
「はぁ…っ」
衝撃で電池パックは外れ、画面は真っ暗になる。
こんな事をして気が晴れるわけがない。この期に及んで物に当たる自分の幼さが露呈しただけ。
ぶつけようのない怒りや苛立ちを抱えたまま、重い足取りで自分の部屋に戻った。
今朝までお姉様が寝ていたベッドに倒れ込んで、ぼんやり視線の先を眺めてふと思った。
そういや、母さんが出て行った時もこんなだったなぁ。
あの時もっと駄々をこねていたら今頃どうなってたんだろ。ひばりちゃんが父さんと結婚するなんてふざけた未来も回避できたのかな。
両親が離婚した時さえ特に何も言わなかったししなかった僕は、傍目には随分割り切った子供に見えただろう。
必死な姿をさらすのが恥ずかしかっただけなのに。
あの頃から情けないくらい何も成長していない。じたばたするのは家の中だけ。捜す宛のない僕にできる事と言えば、せいぜい寝転がって現実を噛み締めるくらい。
ここにお姉様はいない…
消えるの早いよ、さっき手を握ったばかりなのに―
『激励してるの』
出掛けにした握手と共に言われた言葉。
僕は、本当にバカだ。
あれは激励なんかじゃなくて、別れの握手だろ。それに気付きもしないで触れ合えた事に無邪気に喜んで…
「…ぃっぐ」
誰にも聞こえないように、声を殺してしゃくり上げた。
お姉様が理由もなくいなくなるわけがない。
何かあるとしたら、それは僕だ。多分、としか言えないところが原因なのかもしれない。
『肩くらい貸してやる』
泣きじゃくる僕にかけてくれたその言葉がどれだけ嬉しかったか、もう伝えられないんだ。
その後、僕がどんな思いを寄せていたのかも…