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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-36

店を出ると、薄曇りだった空は、随分と本来の蒼さを取り戻していた。
百合の体調を気遣い、ゆっくりと歩を進めたが、彼女が着いてくる気配はない。
怪訝に思い、後ろを振り向く。
百合が、店のドアにもたれかけている。
(…百合?)
気力を失ったように、細い体がくずおれる。
(おい!)
僕は慌てて駆け寄った。倒れる前に百合を支える。ドアが開いた。おばさんが何事か小さく悲鳴を上げた。僕は百合の額に手を当てた。熱があった。救急車を。おばさんはそう言った。僕より動揺している。僕は首を振る。
(来る途中で病院を見掛けました。此処からじゃ、歩いた方が早い)
でも、歩ける状態じゃないわ。おばさんがそう言った。僕は苛立った。
(なら背負って行く。背中に乗せるの手伝って!)
おばさんの手を借りて、僕が百合を背負うと、背後から、か細い声が聞こえた。
(…いや、病院には…行きたくない…)
熱い吐息混じりに、彼女の声が耳元を擽る。
(何ガキみたいなこと言ってるんだ。行くよ)
百合は、残りの体力を振り絞るように抵抗した。
(嫌!下ろして…病院には、行きたく、ないの…)
言葉の語尾は、疲労と熱のため擦れていた。疲労だけなら大事に至るとは思えないが、熱の方は放っておく訳にはいかない。
おばさんが、口を開いた。…百合ちゃん。気持ちは、分かるけど…。彼女はそう言った。僕は眉を寄せる。気持ちは分かる?何を指しての言葉だ?
僕は一旦、その言葉を忘れることにして、病院へと向かった。
直線距離にして、わずか100メートルほどだったと思う。百合の体重は予想より軽い。多分、50キロもないだろう。3分もあれば到着する。
そう思い、僕は必死で病院への道程を踏破して行った。
背中では百合の、苦しげな吐息が漏れている。
ようやく病院が見えた頃、僕は、思わず立ち止まった。
首筋に、肌のものでも、吐息のものでもない、温もりが伝う。
…これは、涙…?
うなじから背にかけて流れる感触は、百合が泣いていることを僕に教える。
…それが、肉体的な苦しみから来る涙であれば、僕は迷わなかった。けれど、この温もりは、暖かい筈なのに何処か冷たく感じる雫は、悲哀の雫だ。
僕は直感的にそう悟り、足を止めたまま、前方にそびえる病院を眺める。
百合が、これ程までに拒んでいる。どうする…病院は止めるか。
僕は逡巡したが、やはり前に向かって足を進めた。元はと言えば、僕のせいなのだ。これ以上、百合に精神的に辛い想いをさせたくなかったが、今現在、熱が彼女の体を蝕む事実を見過ごす訳にはいかない。万が一手遅れになったら、僕は一生後悔する。
僕は唇を噛み締め、目の前の病院を目指した。


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