《glory for the light》-28
「…うむ、アカネちゃんの、ことなんだがな」
またその話か。僕は苦笑し、領ずいた。
「なんだ…肺ガン告知の方が良かったか?」
マスターは片眉を上げて笑った。
「いえ、それで。アカネがどうかしました?」
「…お前、彼女と付き合う気とかは、ないのか?」
面食らって、今度は僕が眉根を奇せる。
「…それはまた、唐突な質問ですね」
困った僕は、何となく後ろを振り向いた。TVを見ているはずのおばさんと目が合う。聞耳を立てていたらしい。
「どうなんだ?」
まるで本当に彼女の父親と対面しているような気持ちになり、返答につまる。背後のTVから、わざとらしい笑い声が響いた。
「…彼女は、とても良い子だと思いますよ。前にも言いましたけど。でも…」
「想ってる女が、他にいるか?」
想い人。随分と古臭い表現だ。
「はい」
百合の顔が脳裏に浮かんだ。次いで、彼女が店に訪れたことを思い出す。雨に濡れ、風邪でもひいてなければ良いが…。
「…そうか。実は訊きたいことはそれだけなんだ。お前がアカネちゃんと付き合う気があるなら、早い内にそうなって欲しくてな。年寄りのお節介だけどよ。でも、分かるだろ?なんか、あの子見てると、何かしてやりたくなるんだ」
僕は何も言えず、ただ領ずいた。
「お前、その子と付き合ってる訳じゃないんだろ?」
「はい」
「いや、その子のことは忘れて、アカネちゃんと付き合えと言いたい訳じゃない。むしろ逆だ」
「…逆?」
僕は少し驚き、意味が分からないと言うように首を振る。マスターは首肯した。
「うむ…。このまま、ずっとお前が誰とも付き合わず、その子のことを想い続けるのは、アカネちゃんに取って酷なんじゃないか。と思ってな。いや、俺はもうオッサンだし、ハイティーンの女の子の心理なんて分からん。けどな、お前の倍は生きてる俺の経験論としてはだな、やっぱ、そういう、どっち着かずの状態ってのは良い結果をもたらすもんじゃない。お前に取っても、アカネちゃんに取ってもな」
「経験論?マスターが恋愛経験の豊富な人だとは、意外です」
心外だ。と言うように彼は眉を上げる。
「馬鹿者。これでも昔は…いや、過去の話は虚しいだけだな」
僕は思わず吹き出し、急いで笑みを消すと、続きを促した。
「済みません。話の腰を折りましたね。それで?」
何処か責めるような目で僕を一瞥した後、髭を撫でながら彼は言った。
「…うむ。だから、俺としてはだな、早めにその子とケリを着けて欲しい訳だ」
ケリを着ける。妙な言い回しだ。
「それでもし、お前がふられたら…アカネちゃんと、付き合うとか」
僕はまた苦笑した。
「…結局、僕とアカネの恋路に期待している訳?」
マスターは曖昧に笑ってごまかす。他人の色恋沙汰に感心を持つことを悪いとは思わないが、普通はもう少し、遠くから見守るものだ。頼まれでもしない限りは。
「何か、お前等見てるとよ。巧くいって欲しいって気になるんだ」
彼は照れたように額をポリポリとかく。歳柄にもなく、他人の恋愛に首を突っ込むことに思うものがあるのだろう。