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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-29

僕は首を振った。
「たとえ、今僕がアカネに交際を申し込んだとしても、彼女は、きっと断るでしょう」
僕の言葉に、マスターは疑問を露にする。
「…なんでだ?」
「僕が、他に好きな子がいることに、彼女は薄々気が付いているから。それは直感で分かる気がするんです。だから、僕がその想いを完全に断ち切るまで、アカネは僕と付き合わないでしょう。僕がふられた後でも同じ。アカネはそういう人です。アカネは、僕と少し似ている所がありますから。いや、アカネと僕だけに限らず、みんなそうでしょう。誰かの代わりで恋人になんて、なりなたくはない…」
アカネは百合の代わりになってまで、僕と一緒にいたいとは思わないだろう。僕だってそうだ。今は亡き、百合のかつての恋人。その代用者として、百合の側にいたい訳ではない。他の誰でもなく、僕は僕として、彼女の傍らにいたかった…。
「…なんか、実感の篭った言葉だな」
意外と鋭い。僕はわざと視線を反らし、素知らぬ顔を作った。
「…まぁ、仕方ねぇか。本来、他人の恋愛に口は出すもんじゃねぇしな。本人同士の問題だ。いい加減に、いい歳して恋愛、恋愛言うのも恥ずかしくなってきた所だ。後は口を閉ざさせてもらう」
彼は一息つき、煙草吸いたいな。と呟いた。
「口を閉ざしてくれるのは助かります。年寄りの繰り言はゴメンですから」
僕がからかうと、マスターは包帯の巻かれた右腕で僕の頭をはたいた。
「ホントによ。この歳で好いた惚れたがどうこう言うのは、恥ずかしいんだぞ?」
「そんなこと言ってたら一生結婚できませんよ。それとも、すでに諦めモードですか?」
「さんざん年寄り扱いしといて、結婚の話を引き合いに出すな」
僕等は笑い合った。一分ほどすると、アカネが戻ってきた。
「おかえり」
「話は終わった?はい、無糖コーヒー。マスターは就寝前だから、カフェインの入ってないスポーツ飲料ね」
「気が効くね、アカネちゃん」
マスターはスポーツ飲料を受け取ると、僕が貰った飲み物を見て、顔をひくつかせた。
僕も思わず、顔を歪める。
「…アカネ。何処をどう見れば、これが無糖コーヒーに見えるのかな…」
「あら?間違えちゃった。でも、別にいいでしょ。カフェイン入りであることに変わりはないし。誤解しないで、別に私を追い出した仕返しじゃないわよ。本当に。決して」
僕は苦笑して、手の中のドリンク剤を眺めた。茶色の小瓶のラベルにはこう表示されている。
『滋養100倍スッポンエキス配合スタミナドリンク』
「…病院に何故こんな物が?」
「夜勤の勤務者用でしょ。いいから飲みなさいよ」
アカネはちゃっかり、自分のために無糖コーヒーを買って飲んでいた。彼女は甘党のはずだから、僕への当て付けだろう。
「………」
僕は何も言わずに、瓶を棚の上に置いた。
「…苦い」
コーヒーに虫でも入っていたかのように、アカネが顔をしかめた。そんな僕等を見て、マスターは声を殺して爆笑していた。窓に反射して見える後ろ側では、暇そうなおばさんが、やはり笑っていたのだった。
雨上がりの夜。涼しい秋の日のことだった。


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