桜が咲く頃〜矮助〜-1
ここは大笑(おおえ)。
沢山の人が集まる街。
この国の中心部。
俺の名は鈴(りん)。
これは俺を雇った人物が付けた名で、俺の本名ではない。
じゃあ俺の本名は何て言うのかって?
俺に本名はない。
俺は、大野常吉というお偉いサンの護衛をしている。
俺を含め約50人の護衛達と共に、大野の屋敷で共同生活をしている。
俺は人と関わるのが嫌いで、昼は庭にある大きな木に登り、夜は裏庭に面した廊下の柱に寄りかかって寝たりして、なるべく一人で過ごす。
そんな俺に話しかけてくる変わり者がいた。
名前を山村矮助(あいすけ)という。
ある時アイツは
『街に出掛けて聞いたんだけど、大野のやつ反物屋と組んで悪どいことしてるらしいぞ。
近々奉行所の連中が踏み込んで来るらしい。
お前どうする?』
などと聞いてきた。
俺は
『金さえ貰えればそれでいい。
護衛する人物が、どんな奴だろうと関係ない』
そう答えた。
だってそうだろう?
生きて行くには金が必要だ。
金が貰えるなら、自分が護衛する人物など関係ない。
それからもアイツは勝手にやってきて、勝手に話をして、勝手に帰って行く。
以前、俺にとってすごく懐かしい、こんぺいとうをくれたこともあった。
変なやつだが、害はなさそうなので放っておいた。
ある日、俺は大野の護衛で出掛けた帰り、何者かに襲われ、背中に傷を負った。
屋敷に帰って来るとちょうど夕飯時だったので、誰もこないだろうと思い、今のうちに風呂に入ることにした。
傷口を洗い、傷の手当てをしようと思ったのだ。
脱衣所で服を全て脱いだその時、アイツが来た。
矮助が。
そして、知られてしまった…
俺が、女だということを…
アイツを信用したわけではない。
何かあれば斬ってやろうと思っていた。
アイツに傷口の手当てを手伝ってもらった後、俺は熱を出し、寝込んでしまった。
雨に濡れながら帰って来たのがいけなかったようだ。
俺は夢を見た。
初めて『幸せ』を知った、あの日々のこと…
気が付くと俺は布団で寝ていた。
どうもあれからアイツが面倒見ていてくれたらしい。
アイツは俺が目覚めてからも、朝飯や薬の用意をしたり、世話をやいた。
変なやつ…
そう思い少しだけ、笑ってしまった。
そして不思議と、アイツが言った
『あのこと、誰にも言ってないから』
という言葉を信じることができた。
その後、アイツは用事があると言って出て行った。