《The pretty devil》-4
やはり、奴は此処に居た。逃げ込む場所は此処しかない。屋上にて、俺はチビの姿を認識すると声をかけた。
「何処に逃げるつもりだ?小僧」
秋山とか言う奴は、電撃でもくらったかのようにビクリと振り替える。分かりやすい反応だ。
「お前、体育の時間、何処に居た…的確に答えろ。これは命令だ」
確証はなかったが、自信がなければ話しはつけられん。
「言えよ」
俺は一歩踏み出す。秋山はそれに呼応するように一歩下がった。面白い。
「5」
俺はカウントダウンを始め、数を数える度に、一歩踏み出す。
「4」
また一歩、距離を詰めたが、秋山がさらに一歩分、距離を離した。
「3」
さあさあ、どうする?
「2」
また一歩追い詰めた。次に奴が後退すれば、フェンスにぶつかる。即ち、力づくで口を割らせる事になる。俺は嗜虐の笑みに口の端を吊り上げ、指間接の骨をポキリと鳴らした。
「1。…残念。執行猶予は終りだ。断罪の時がきたぜ…0」
「ま、まま…待った。ぼ、僕は体育の授業にはちゃんと出たよ!」
「苦し紛れの戯れ言が通用するとでも思ってんのか?ナメんなよ」
「ち…違う!嘘じゃないって!何なら先生に訊いてみると良い!ち、ちゃんと出席簿に書いてあるはずだ!」
其所まで言うのなら、まさか本当にシロか?いや、一旦ここは虚勢で乗り切り、後はドロン。良く在る算段だ。確信を得るため、俺はカマをかけてみる事にした。
「確かに、お前は、授業には出席したんだろうな。しかし、お前。体育はいつも見学してんだろ?存在感のないお前なら、こっそり抜け出して教室に戻り、新井の体操義をどっかに隠して、素知らぬ顔で体育の見学に戻る事も可能だ。残念ながら、F組の奴に目撃者がいる。鼬ごっこは無しにして、ハッキリしようぜ?」
穴だらけの推測に、奴は馬鹿正直に動揺した。本当に写し易い相手だ。
「わ、分かったよ。本当の事を言うよ…た…確かに、君の言う通りだよ」
秋山はついに屈服し、弱々しく言い出した。やはりクロか。てこずらせやがって。
「で?ブツは何処に在るんだ?」
「……持ってないよ」
「あん?」
「だから、僕は持ってないんだよ!」
矛盾の嵐が吹きすさぶ。俺は眉を寄せた。
「どういう事か、訊かせて欲しいわね」
風に乗った美声は、後方から耳朶を打つ。振り替えるまでもない。耳に残る、新井紀子の声だ。
俺は舌打ちした。本人が現れたら、新井に貸しを作ろうという計画は水の泡だ。
「あっ…紀子さん」
秋山は新井の麗姿を視認すると、口許を緩ませる。が、すぐにその表情は凍り付く。新井が纏う剣呑とした雰囲気を察知したのだろう。
新井が俺の横に並び、戸惑う秋山を一瞥する。その瞳には、確固たる殺意の色が息衝いていた。完璧にキレてやがるな。こいつ。
「ほら。ボサッとしてねぇでさっさと話せや、このウラナリがぁ!」
新井がレディース暴走族も顔負けの舌禍を切ると、秋山は困惑を恐怖に代えて身をすくめた。俺の時よりビビってるのは気のせいだろうか…。
「早く言えよ」
今度は低音を効かせて新井は言った。言っておくが、彼女のハイキックは殺人級だぞ。俺はその痛みを思い出しながら煙草に火を付ける。
「…は、はい」
奴の声は情けない程に擦れていた。天使の皮を脱ぐと、悪魔が出てきたのだ。無理もない。
「ぼ…僕、体育の時間中、トイレに行きたくなって、体育館から抜け出したんです。先生は授業につきっきりだったから、断りもなしに…」
「トイレ?新井の体操着を盗むためじゃなくてか?」
俺は煙草の煙を吐き出しながら訊いた。
「まぁ待ちな。最後まで聞いてからよ」
新井が冷たい声でそれを制した。顎をチョンと上げ、先を促す。
「…えっと。そ、それで、僕はトイレに行ったんですけどね。そしたら、三年生が一人、その…煙草を吸ってましてね。僕は怖くて逃げようとしたんですけど、捕まっちゃって…その…脅されたんですよ…」
「何て?」
新井が言った。
「…いや、言えませんよ…紀子さんの前で…そんな…」
こいつはまだ新井に心酔しているのか。本性を知っても愛せるとは、馬鹿か本物のどっちかだな。
「いいから言えよ糞ガキ!テメェに拒否権はねぇんだよ!立場わきまえろボケッ!」
煮えきらない態度が勘に触った新井が怒号を飛ばした。こうなったら、いつハイキックが放たれても不思議ではない。仕方ないな…。