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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -或ル夏ノ騒動--8

「この際こいつを倒せりゃ余所者だって構わねえから、誰かいねえか!?」
その言葉にすっと手を上げた者があった。
剣闘の一部始終を見ていた野次馬達がざわめく。
この大男の立ち回りを見て、なお向かおうとするとは酔狂な。
誰もがそう思った。
しかし一紺は、周りのざわめきなど気にも留めずに輪の中心へと歩み出る。
「小僧、やってくれるか!」
ちんぴらが一紺に向かって言った。
誰が小僧やねん、と一紺はちんぴらを横目で見やる。
「そのつもりで来たからな」
そしてそう言って不敵に笑った。
「ただ――今全く持ち合わせとらんのや。それでもええんなら、やったるわ」
肩を竦めて言った彼の言葉に、ちんぴらが胴元と顔を見合わせ頷いた。
「仕方ねえ」
一紺の笑みがますます深まった。
これでこの大男に勝てば、元手なしで金が手に入る。
今まで立合いで殆ど負けたことがない一紺は、自信を持っていた。
男の腕は相当なものだが、速さには自分に分があるとふんでいた。
(待っててや、竜胆)
一紺はちんぴらから得物を受け取ると、それを大男に向かって構えた。
「来い、小僧」
「小僧言うな。言われなくとも行ったるわ」
そんな軽口を合図に、双方の木刀が激しくぶつかり合った。
激しくせり合い――押されたのは一紺の方だった。
「う…くッ」
体勢を崩した一紺は後ろによろけ、荒く息を吐いた。
きっと大男を睨め付ける一紺。その面には冷汗が流れた。
悔しいが、膂力では男に敵わない。ならば、速さで男を上回らねば。
一紺はひとつ息をついてから、再び得物を構えた。
彼は地を蹴り間合いを詰めると、先程の髭面と同じ手で木刀を大男の右胴へと叩き付ける。
しかしそれをも上まった速さで、大男はやはり同じように木刀で攻撃を防いでいた。
(やっぱり、そう来たか…ッ)
にやり、と一紺は口の端を吊り上げた。
大男の右胴へ叩き付けられた――と思われた一紺の木刀は、しかし軽い音と主に大男の木刀に弾かれる。
だが、それは一紺の企みのうちだった。
弾かれると同時に一紺は木刀を逆手に握り、ぶれた体勢を右足で持ち直しつつ、その得物で男の肩を突いた。
線の攻撃は線で防げるが、点の攻撃は線では防げまい。
事実一紺の突きは狙い通り男の右肩に命中する。人の輪がどよめいた。
(よしッ)
一紺は不敵な笑みをそのままに、木刀を引く――否、引こうとした。
「なッ!?」
「痛て…結構効くなぁ」
その得物はがっちりと男の手に握られていた。
男が握った木刀を手前に引くと、つられて得物を握ったままの一紺が前につんのめる。
その頬に男の拳が思い切り入った。肉を撃つ鈍い音に、野次馬さえも顔を顰める。
しかし、そこは一紺。顔から地に突っ伏しそうになったが、何とか堪えて大男へと向き直る。
(負けたら…あかんのや)
瞬く間に赤く腫れ上がる一紺の頬。しかし、そんな傷も竜胆のことを思えば気にしてなどいられない。
口内に堪った血混じりの唾を吐き捨て、彼は足元の木刀を拾った。
「そう来なくちゃな」
男は笑みを口元に湛えながら、木刀を構える。
その言葉に一紺は再び木刀を振るった。

――それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。
息を荒げる一紺、大男の二人と、男達を取り囲み声を上げる野次馬達。
やがて男の放った木刀の切っ先が一紺の鼻っ面を掠めると、一紺が後ろに体勢を崩した。


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