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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -宵二揺ルル紫花--10

――雲のある宵の空は暗い。
縹の山で、二人は肩を寄せ合い、暫し耳を澄ませていた。
風の音や軽やかな虫の音――澄んだ音が二人の耳朶に響く。
ぞっとするほど静かな、しかし幸せな時間であった。
二人は願う。
互いに感じているこの温もりが、幾夜となく燃え上がった夜の唇の熱さが、いつまでも続くことを。
どちらからともなく口付けを交わし、微笑む。
ふと、風が強く吹いた。汗ばんだ肌を撫でる風は、涼しいと言うよりは些か寒い。
微かに震えた竜胆の肩を、一紺は優しく抱き寄せた。
――風のせいだろうか。辺りが明るくなったような気がした。
「一紺、空が…」
竜胆の声に、一紺が空を見上げた。
天を仰げば美しい紺一色が視界に入る。
「なあ」
「?」
竜胆が一紺に呼びかける。
くすくすと彼女は笑い、一紺の肩に寄りかかると、空を仰いで言った。
「本当に――『一紺』だ」

きらめく星が、空を彩った。
雲に隠れていた月がいつの間にか顔を出して、下界を照らす。
眼前に広がるすすき野を、一紺の傍らに咲いた二輪の青紫の花を、そして白い竜胆の面を、出でた月は薄っすらと照らしていた。
すすきの白い穂が風に揺れる。
幻想的なその風景に、二人は思わず見入った。
「まるで、波打っているみたいだ」
「せやな…いつか、見に行こか」
一紺の言葉に竜胆は首を傾げた。
そんな彼女の頭をぽんと叩き、一紺は笑いながら答える。
「ほんまの海、な」
竜胆は微かに頬を染めて、思わずと言ったふうに相好を崩す。
「連れて行っ…」
桜色の唇から出たその言葉は、しかし最後まで紡がれることなく、一紺の唇に遮られる。
触れるだけの口付けだったが、あまりに不意打ちなそれに、竜胆は少しばかり眉を寄せた。
そして一紺はそんな竜胆の耳の上に、いつの間にか手折った青紫の花を挿して無邪気に笑う。
馬鹿、と小さく呟き、彼女は一瞬だけ顔を俯かせてから――不意に顔を上げて、一紺の唇に己のそれを押し付けた。
柔らかな唇の感触と甘い吐息が一紺の唇に伝わる。
竜胆は唇を離し、面食らったような一紺の顔に思わず吹き出した。
何だその顔、と竜胆は笑いながら言う。そして笑いを堪えながら一紺の胸に顔を預けた。
暫くそうしていた竜胆だが、ようやっと笑いが収まると小さく息をついて顔を上げる。
彼女の髪に挿された青紫の花が微かに香った。
二人は笑み、再びどちらからともなく口付けを交わし――そしてまた笑んだ。
「――行こうか」


あてのない旅は続く。
これから訪れる冬には互いに身体を温め合い、
これから訪れる春には薫る緑の中で花を摘み、
これから訪れる夏には焼け付くような太陽の下で紺碧の海を見て、
そして再び巡ってくる秋には、こうしてまた揺れるすすき野を見るのかもしれない。

二人の去った後、紺色に染まった縹山の峠に、青紫色の竜胆の花がひっそりと揺れていた。


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