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十の夜と夢の路
【悲恋 恋愛小説】

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十の夜と夢の路-8

その思考に辿り着いたのは、ずいぶん経ってからだった。きっと十夜くんは、記憶に残っている女の子を、わたしだと勘違いしているのだ。だったら、優しく誤解を解いてあげるために、柔らかく否定しなければ。
「十夜くん、わたしはわたし、小枕夢路だよ。少なくとも、あなたが記憶から呼び起こしたその女の子とは違う。だって…………」
ふと思い付いた言葉を、恥ずかしさで呑んでしまった。でも、言わなければならない。わたしは顔を赤くしながら、続けた。
「だって、十夜くんほどのかっこいい男の子だったら、むしろこっちから覚えてるよ。でも、わたしの記憶に十夜くんは居ないの」
すこしは励ませただろうか。わたしの顔は脈動するように熱くなる。やはり、すこし無理な言葉を使ったからかもしれない。けど、
「夢路…………信じて、いいのか?」
どうやら、十夜くんは信じてくれたようだ。わたしは嬉しくなり、
「もちろんだよ。それとも、彼女の言うことが信じられない?」
「……悪かった…………」
十夜くんはそう言うと、深く呼吸をして、ソファーに座りなおした。
「でも、ひとつ、訊いていいか?」
十夜くんの半信半疑はまだ完全には解けていないようだった。だから、それを解いてあげるため、わたしは返す。
「もちろん、何でも訊いて」
そして、十夜くんは訊ねる。
「そのペンダント……どうしたんだ?」
「くふふ、これはね…………」
応えられると、思っていた。


夢路は、あの女の子ではないと言ってくれた。それにより、俺の見たものは幻覚で間違いだったと気付かされた。
だが、俺の問いに、夢路は優しい笑顔のまま沈黙してしまった。冷静に考えなおしたが、俺の記憶に間違いがなければ、夢路のペンダントはあの女の子のものと同じだ。
だが…………、
「これはね、えっと……」
俺を気遣っているのか、夢路は妙な笑顔を絶やさない。そんな曖昧な表情が、その瞬間、笑顔のまま凍りついた。
「これ、なに…………?」
夢路はとうとう、そのペンダントの正体を応えられなかった。それは彼女にも、そして俺にも予想外の出来事だったと思う。
「お前……自分のペンダントのことも解らないのか?」
「ちがうちがうちがうのっ!これはね、これはね…………」
夢路はもはや半狂乱だった。いきなり立ち上がっては突然歩き出し、辺りのものを踏んだり蹴飛ばしたりしながら行ったり来たりしている。目は虚ろで、一目で危険な状況だと解った。
そして…………、
「お前も、記憶が無いのか?」
「そんなことはないのっ!」
俺はできるだけ優しく訊ねたのに、夢路は作った笑顔を顔面に貼り付けたまま激昂する。きっと夢路は俺と同じ、記憶の混乱があるのだ。
「わかった、夢路、もういい、俺が悪かった!」
俺は夢路の危険を感じ、異常行動を繰り返す夢路に飛びかかった。そんな夢路は今、台所でナイフを握りタオルを刻んでいた。無論、笑顔で。
「夢路!お前はあの女の子じゃない!そうだろ!」
そう叫び、夢路をとり押さえようとする、が…………、
「来ないでぇぇっ!!」


それは、瞬間の出来事だった。
十夜くんは、床に這いつくばりもがいている。ああ、わたしが彼の誤解を解けないから、十夜くんはあんなにも苦しんでるんだ。助けてあげなくちゃ……。けれども、そう、先ほどから感じている、妙な視界。目に映るものすべて真っ赤に染まって見えるのだ。そう、十夜くんでさえも。
そして、自分の右手に握られているそれを見て、がく然とする。自分の右手に見えるそれもまた真っ赤で、しかし、ところどころに鋭い金属のような輝きがある。それの名前は、そう、ナイフという調理道具。野菜や肉を刻んだりするのに用いる、ごく一般的な台所用品だ。

では、わたしはいったい、何を刻んでしまったのか…………。


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