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十の夜と夢の路
【悲恋 恋愛小説】

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十の夜と夢の路-7

「その女の子の名前だけが、出てこないんだよね?」
「ああ、思い出せそうなのにな……」
「自分の記憶は素直だから、嫌なことがあったらすぐに書き換えられちゃうの。だから、無理して思い出そうとしたらいけないよ……」
「ああ、身をもって痛感した……」
夢路はまるで俺の一言一句を絶対に聞きもらさないという感じに、とても真剣な眼差しで話を聞いてくれた。相槌は打たず、黙ったまま。俺には、むしろそちらの方が話しやすく感じた。だから、自分の伝えたい想いを、伝えるべき記憶を素直に話すことができた。
「ゆっくり、いこう」
「ああ、そうする……」
そのやさしく微笑んだ夢路の顔がとても綺麗で、俺はしばらくまじまじと見つめていた。
俺は今までに、あまり夢路の顔を深く正面から見たことはなかった。だから、その輝くような顔に改めて魅力を感じた。短めで栗色の髪、それを彩る赤いヘアピン、輝く瞳、うすく染まった頬、さくらいろの唇、小さく整った顔…………身体の方こそ目立たないが、俺はその姿に、魅せられてしまった。
そして悟る。つまるところこの気持ちこそが『恋』なんだと。
夢路という、やわらかな包容力もあるやさしい女性としての人物に、俺は改めて恋をした。
俺は、時間の許す限り夢路を見つめ、そのすべてを頭に叩き込もうとした。
意外だったのは、華奢な首許にかかった銀色のネックレスだった。あまり協調性がないと思っていた夢路がネックレスをしているとは、まるで気付かなかった。その先端には、赤く輝くルビーのような宝石。その透明感は、夢路に似ていると思った。そして……、
「夢路…………?」
そう発した俺の声は震えていた。得体の知れぬ恐怖を感じたからだ。
「どうしたの?十夜く……」
「うわあぁぁあぁぁっ!!」
俺には夢路がその瞬間、ヒトではない醜悪な化け物に見えてしまった。


『十夜、今日はあたしの誕生日なの!』
『ほんと!?じゃあコレあげるよ!母さんが懸賞で当てたやつをもらったんだ』
『わぁ、嬉しいわ十夜!真っ赤で、きれいな宝石ね』
『ルビーっていうんだ。喜んでくれて嬉しいよ!』
『ええ、ありがとう。きっと大事にするわ!』
ガタン、とテーブルを突き放し、十夜くんは絶叫した。
「うわあぁぁあぁぁっ!!」
まるで得体の知れない化け物でも見たかのような瞳で、わたしの体を貫いた。
いきなりのことに、わたしの思考が追い付かなくなる。だって、ついさっきまで、十夜くんは普通に話していたんだから。けれど、わたしの顔を、身体を見つめて、突然豹変してしまった。
「と、十夜くんっ!?」
彼には、わたしの声が届いていないようだった。わたしを、怯えた小鳥のような弱々しい目で見て、震えている。冷静さをすっかり失った十夜くんは、頭を抱え込み、気付けば涙を流していた。
「十夜くん?なにか、怖いことでも思い出したの?」
わたしは訊ねた、できるだけ優しく。十夜くんは病院で精神の障害を告げられていて、記憶の混乱もみられるのだ。だから、無理に刺激してはならない。けれど、
「夢路…………」
「どうしたの?ゆっくり、落ち着いて、言ってみて」
十夜くんは、声を震わせながらも、小さく告げた。
「お前は…………あの女の子なのか?」
しばらく、その意味が、わたしには理解できなかった。


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