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十の夜と夢の路
【悲恋 恋愛小説】

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十の夜と夢の路-9

カラン、と、力の抜けたわたしの右手から落ちたナイフが音を立てた。もがき苦しむ十夜くんと真っ赤な視界。つまりは“そういうこと”なのだ、と、瞬間的に理解してしまった。
背筋が凍ったようだった。先ほどまでナイフを握っていた右手は小刻みに震え、足もがくがくと音を立てている。
十夜くんは既に動きを止めてしまった。わたしが、彼を刺したから。
本来ならわたしは、人を呼ぶなり救急車を呼ぶなりするべきだったのだろうが、どういうわけだか、わたしは急に駆け出し、十夜くんの家から出て、逃げ出したのだった。




夢路が行方不明になって、もう4日。結局俺は、その間に何もできなかった。


『かなり深く刺してあるけど、危ないトコロはぎりぎり避けてるね。まあ5日もしたら退院できるよ』
医者は何でも大袈裟に言いたがる役職だ。本当は、入院した2日目くらいにはすっかり痛みも消えていたのだ。しかし、病院からの制止により、俺は5日間をベッドで過ごすハメになった。


夢路が俺を刺した直後、血まみれの女の子が俺の家から出ていくのを目撃した男性が救急車を呼んでくれたという。俺はすぐに意識を取り戻し、夢路の失踪を知らされた。
本当はこの4日間、夢路を探しにいきたかったのだが。
しかし文句は言えない。だから、明日、退院したらすぐに夢路を探しに行くと決めた。


もう、何日目だろう、わたしが逃げ出してから……。
頭がくらくらする。そういえばこの数日間、まったく眠らずに走り続けていた。そして、この河原に辿り着いた。
どこか懐かしい河原……そう、それは3年前の────その先の記憶を呼び起こそうとするが、その度に頭に激痛が走る。もはや体力の限界をむかえていたわたしは、ふらふらと歩き、一本の大木の下にもたれかかった。そして、猛烈な眠気に身を委ね、ある夢を見た。


道路だった。
どこまでも続いていそうで、意外とそこで途切れている、そんな錯覚を覚える道路。
左手には線路、右手には、この町いちばんの大きさを誇る川。その河原に、とても大きな木が一本。そしてその下に横たわる少女…………わたしだった。
視点が切り替わり、眠るわたしのすぐ近くを見ることができた。服は紫に染まっていた。十夜くんの血が変色したものと思う。昔、工作をして指を切ってしまい、その血が白い紙に飛び散ってしまったことがあった。わたしは不思議そうにその紙を見つめ、血の変色をずっと見ていた。今のわたしの服は、ちょうどそんな色。
そして、ペンダント。
真っ赤な宝石と銀を使った、それなりのもの。それは誰にもらったのか、まだ思い出せない。


不意に河原から叫びが聞こえた。振り向けば、幼いころのわたしが立っていた。その視線の先には子犬…………溺れていた。
幼いわたしは泣きながら走りだし、数分後、一人の少年を連れてきた。それは──
(十夜くん!?)
わたしが連れてきたのは、十夜くんだった。彼はそのまま川へ飛び込み、子犬を抱きかかえた。だが、その直後、上流からの濁流が彼を呑み込んだ。


夢はそこで終わった。十夜くんは、記憶を夢で見たと言っていたが、きっとこんな感じだったのだろう。
しかし、妙なことに、それを自分の記憶として認識することができないのだ。言うなれば、わたしは第三者で、幼いわたしはわたしと違う誰か。そう、とある時点で人物が変化しているような、不思議な感覚。だから、今のわたしは幼いわたしを客観的に見ている。では、あの幼いわたしは誰?


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