十の夜と夢の路-6
「夢路、起きろ、もう昼だ」
先に起きた俺は、部屋で寝ている夢路を起こしにいった。女性が寝ている部屋に入ることには気が引けたが、時間が時間だから仕方ない。だが夢路は、
「ん〜、もう食べられないよ〜」
非常に古典的な寝言だ。なんだか面白そうなので、あえて起こさない。俺は寝ている夢路の横に座り、その無防備な寝顔を見た。
「ん〜、お腹すいたよ〜」
どっちなのか……夢路が見ている夢を想像したくてもできない。そして寝言を言ったあと、夢路は寝返りをうって、こちらに顔を向けた。
気が付けば、俺は深く、その顔に見入っていた。そして、昨夜あれほど考えても解らなかった記憶の扉が、その寝顔を見たことで、急に開かれたのだ。
『十夜ぁっ!』
『どうしたの?※※』
『川で、犬が溺れてるの!』
『えっ!すぐに助けなきゃ!』
『十夜、泳げる?この川、昨日の雨のせいで流れが急だよ……』
『大丈夫!絶対にあの犬を助けてあげるんだ!』
『十夜ぁっ!』
『うわあぁぁあぁぁっ!!』
『パパ!十夜を助けて!』
『待ってろ十夜くん!今行くからな!』
『もうかなり下流まで流されたから、大丈夫だよ十夜くん』
『ありがとう、※※のお父さん……』
『まずい!流れが逸れた!十夜くんは逃げなさい!』
『でも……っ!』
犬と俺だけ助かって、少女の父親は……。
早くから母を亡くした少女には、父親だけが最後の家族だったのに、俺がバカだったせいで死んでしまった。
誰が悪い?…………俺が、少女の父親を殺してしまったんだ。
3年前の夏、俺は人を殺した。そのショックは癒えず、まだ幼かった俺は『心を閉ざす』ことで贖罪した。少女にも謝らず、むしろ、俺が溺れたのは少女のせいだと逆上して、…………。
その先はまだ思い出せなかった。けれど、徐々に記憶は戻りつつある。ただ、その記憶を取り戻すたびに、俺の心が抉られる。バカだった俺は、最悪のことをした。今、その少女が目の前に現れたら、贖罪のため死んでもいい。いや、それだけでは足りない。死ぬことですらも、その罪は償えない。
俺は、重罪を犯したのだ。
「十夜くん?」
「あ、ああ、夢路か、おはよう……」
どうやら俺は、夢路の隣で眠っていたらしい。あの記憶は、夢の中で再生されたビジョンだったようだ。
「もう、お昼過ぎてるよ……」
なんだかおかしな感じがしたが、こうして俺たちは、二人で過ごす3日目の昼を迎えた。
朝食兼昼食を終えリビングでくつろいでいると、まだ半日も時間が余っていることに気付く。学校はつまらないが、余った時間はもっとつまらない。もし夢路と一緒じゃなかったら、やはりただぼーっとしているだけなのだろう。
「十夜くん、調子は?」
不意に夢路が訊ねてきた。実のところ、まだ本調子ではなく頭痛もあるのだが、
「ああ、平気だ」
夢路にこれ以上の心配をかけることはさすがにためらわれたため、あえて真実は伏せておく。おっとりした夢路だからどうせ気づかないだろうと踏んでいたのだが、
「嘘だよ……さっき、うなされてたもん」
困った。夢路はどうやら変なところで感が良いらしい。そして、
「悪い夢だったの……?」
もはや言い逃れは許さないようだ。俺は堪忍して、『記憶』のことも何もかもを夢路に話した。