10年越しの恋心-3
「打ち合わせするんじゃなかったの?」
「はいはい、打ち合わせ…ね。クックックッ……」
「もぉっ!笑い過ぎだよっ!」
「じゃぁ、笑わせないで?」
「笑わせてるつもりは無いっ!」
そこには、聖をからかって楽しそうな博也と、それに素直に反応して頬を膨らませている聖の姿が…聞きたくなくても、二人のじゃれ合う声が耳にダイレクトに入って来る。
(面白くない、不愉快だ)
昔は、聖をからかうのは俺だけの特権だった。俺だけがあの反応を知っていた。それなのに……
(なんで博也がそこに居るんだよ?)
それからいうもの、聖は学校が休みの日以外は毎日うちのクラスにやって来る。
俺ではなくて…博也に会いに……
二人の仲良さそうな姿にはやっぱり腹が立つが、聖の姿をどうしても見たくて、毎日、用も無いのに放課後遅くまで残っていたりする。
それなのに俺は、聖と目を合わせる事も、すれ違いざまに挨拶をする事も全くしなかった。ただ見ているだけだった。
聖が俺を見て嬉しそうな顔をする事も、声を掛けようと口を開く事も知っている。
無視すると、寂しそうな…泣きそうな……暗い表情をする事だって、俺はちゃんと知っている。
それなのに、聖の傍にはいつも博也が居るから…博也が俺よりも聖の近くに居るから……悔しくて聖に冷たく当たってしまう。
俺は、なんて最低な人間なんだろうか。
そんな状態で一週間が過ぎた。
今日も俺は、聖の姿を見たいが為だけに、意味も無く教室に残っている。
そんな事をしても、聖を傷つけるだけなのに……
今ではもう、聖が放課後にうちのクラスへ来る事はすっかり定着して、かなりの人数が俺と同じ様に教室に残っている。
皆、聖の姿を見る為に……
今さらながら聖の人気の高さを再確認してしまって、酷く憂鬱な気分にさせられる。
聖がやって来るのを待ちながら、いつの間にか眠ってしまっていた俺は、頭に鈍い痛みを受けて目を覚ました。
「ぅ…んん……やべ、俺いつの間に寝て…って、聖?」
教室には夕陽が射し込んでいて、やけに静かだ。
さっきまであんなに沢山の生徒が残っていた筈なのに、何故だか聖が一人で俺の前に仁王立ちしている。
「なんで?」
「『なんで?』じゃないわよっ!なんでそんなに普通なのよ?私ばっかり…バカみたいじゃない……」
怒った顔をしていた聖が、堰を切った様に涙を流し始めた。
「挨拶くらいしてくれたって良いじゃないっ!そんなに冷たくしなくても良いじゃないのよぉ…」
「あ〜っ、泣くなって…」
「光輝君が悪いんだからっ!光輝君が…冷たいから……う゛ぅぅ……」
「あぁっ、ゴメンって!参ったなぁ…」
一度流れ出した聖の涙は、全く止まる様子が無い。拭っても拭っても、次から次へと流れては聖の頬を濡らす。
「仕方ないなぁ…」
俺は困って、あまり深く考えずに聖を抱き寄せた。こうすれば、歳が離れた俺の妹はすぐに泣き止むからだ。
でも、聖は妹とは違った。
俺の中での聖の存在が、妹とは全然違っている事に気付かされた。