飃の啼く…第22章-8
「あいつ…あいつの目。見ればわかるだろ。おれだって…10年以上、あいつと一緒に居たんだ。」
そして、馬鹿みたいにたったまま、二人の男は口をつぐんだ。一人は後悔に、もう一人は怒りに苛まれながら。周りの世界は何も知らずに、慌ただしい夕暮れ時の、進みの早い時計の針のように過ぎて行った。
ぼす、と、慶介が飃の背中を殴った。もう一度、更にもう一度。そして、止まった。
「畜生…コレだけじゃ足りねえんだよ、ホントは…。」
「慶介、と言ったな。」
飃が、小さな一歩を踏み出して、歩み去る間際に言い残した。
「…恩に着る。」
「…あんたのためじゃ、ねーよ…。」
そして、背中合わせに、それぞれの場所へ、二人の男は歩み始めた。
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夏の暮色が、昼間の暑さをなだめるように優しく街を覆い始める。一方で、まだ力強い西空の太陽は、沈む直前の輝きを投げかけていた。
私の大嫌いな夕ご飯の匂い。子供の帰りを待つ母が、心をこめて作った手料理の匂いがそこら中に漂っていた。これ以上女々しくすすり泣くのが嫌で、燃え立つ夕日で目を焼いた。鏡のように、マンションの群れを映す川面が、空につられて翳っていた。この土手を駆け下りて川面の向こうに飛び込んだら、こことは違う世界があるのだと信じていた子供時代。
川面の向こうに行かなくたって、私の世界はがらりと変わってしまった。
私には、戦う理由が多すぎて…少なすぎる。そして、打ち勝てる可能性も、生き延びられる可能性も未知数だ。私は何にすがって…私は一体、何を掲げて戦場に赴けばいい?
それは、とてもシンプルな問いで、その答えは幾度となく戦いの中で見つけてきたはずなのに、今この場所で、私は答えを見失っていた。
「私らしくない…か。」
その時、私に向かって歩いてくる足音が聞こえた。いや、足音なんて聞こえなかった。でも、気配でわかる。それとも匂いで?聴覚や嗅覚も超越した、六番目の感覚が彼を感じた。
「…平気か?」
飃が私の肩に手を置いた。
「うん。考える時間が、必要だっただけだから…。」
でも、答えは見つからなかった。語らなくても彼に悟られてしまっただろうけれど。