明日になれば…-10
「お母さん、私、働きながら定時制高校に通いたいの。そして、大学行って学校の先生になりたい」
母親も驚いたが、となりで聞いていた橘も驚いた。
「オマエ、ついこの間まで保母さんって…」
「でも、センセイと付き合って、学校の先生も良いかなぁって…それで、自分のような子供が居ない学校を作りたい」
圭子は胸の内を語るに従い、熱い想いを抑えきれずに、涙が溢れさせた。それを見つめる母親の目も、赤くなっていた。
「足りなかったのね…言葉が。アナタの事、分かってるつもりで…」
「お母さん…」
流れる涙を、拭おうともせず母親にすがりつく圭子。
「ごめんなさい…」
母親は優しく圭子を抱きしめる。
橘はゆっくりと立ち上がると、玄関を出てクルマに乗り込んだ。
ずっと待っていた春菜が、しきりと様子を訊いてくる。
「ねぇ、圭子は?親に渡して大丈夫なの。ねぇ、センセイ!」
「あの親子なら大丈夫だよ。もう迷う事は無いだろう」
橘は、晴れやかな表情で春菜に言った。
「そうかなぁ」
しかし、春菜は納得出来ないようだ。橘は苦い顔を春菜に向けると、
「人の事より自分の事だ。次はオマエの家だぞ。〇〇市だから1時間は掛かるぞ」
クルマはゆっくりと圭子の自宅を後にした。圭子と母親それに気付き、慌てて玄関前に飛び出したが、クルマはすでに見えなくなっていた。
*****
クルマは圭子の自宅から大通りに出て南に下った。このまま30分も走れば春菜の自宅の在る〇〇市だ。
「センセイ、ハミング出てんじゃん!」
春菜に言われるまで気づかなかった。さっきの事が嬉しかったのか、橘の口から無意識にハミングが出ていたのだ。
「スマン。これからオマエの親と話さないといけないのに…不謹慎だな」
しかし、春菜は全く気にする様子も無く、
「気にしなくていいよ。私は私でやって行くから」
橘は春菜の言葉が気に掛ったが、緊張からつい言葉が滑ったのだろうと聞き流した。
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