飃の啼く…第21章(後編)-13
狗族の鬨の声が再び上がり、地響きを引き連れて軍勢が動き出した。私は茜の隣に居て、隊列のちょうど真ん中のあたりで剣を構えていた。私の前には南風さんがいて、その前には風炎の刀がひらめくのも見えたけど、飃の姿は見ることが出来なかった。
前の狗族たちが討ち漏らした澱みが、天井や足元から飛び出してくる。
「立ち止まるな!取り残される前に止めをさせ!」
前方で青嵐の声が上がる。それが復唱されて、私たちの居るところから後方へと流れていった。
「ぐっ!」
「茜!!」
肩を貫く澱みの触手を切り払って、その触手の主と対峙する。天井に張り付いたそれは、鞭のような触手をしならせて次の一撃を狙っていた。
「立ち止まるな!!」
復唱された命令がこだまする中、私は茜の傍について剣を構えた。
「行ってよ、さくら…立ち止まっちゃ…。」
茜の声には耳を貸さなかった。私たちは見る間に取り残され、いまや隊列の最後尾が私たちを追い抜いていこうとしていた。
もっと遠くまで届く武器があったら…。天井に張り付いているそいつは、私たちが逃げても追ってきて今度は心臓を狙うだろうし、七星では天井に届かない。鋭い突きが、天井から降ってくる。
乾いた音を立てて、七星が突きをはじく。一度、二度、三度と攻撃をかわして、私の防御に出来た隙をそいつは見逃さなかった。触手を二つに裂いて、一方を茜に向ける。
目では追えるその一撃が、自らと茜に届く前に、鋭い風が私の頬をかすめていった。
たん!という小気味いい音が天井から聞こえた。天井を見ると、澱みは矢に射止められていた。結束力を失ったヘドロのような身体が、ぼとぼとと地面に落ちてくる。
「あんた…」
声を上げた茜の視線を辿ると、がたいのいい狼狗族が新たな矢を弓につがえているところだった。
「早く立て。それとも負ぶって欲しいか?」
無愛想に言う狼狗族に、茜は感謝の微笑を向け、口ではこういった。
「人間だからってなめないでって言ってるでしょ?」
そして、少しふらつく足で立ち上がって、私にうなずいて見せた。
「口数のへらねえがきだ。ほら、お前らの後ろは俺がついてるから、早く前に追いつけ。」
今では彼の口元にも、微笑が浮かんでいる。私は礼を言って、前に進んだ。
「なんか、みんなの雰囲気が変わっちゃったね…もちろん、いい意味でだけど。」
多分、茜が何かしたんだろうと知っていた。彼女は、自分が言いたいことを黙っているのが苦手なのだ。正論が疎んじられる現代社会で、あいて正論を振りかざして立ち向かう…私が憧れる、茜のかっこよさだ。