赤い雫-3
「そんなに言うなら、本当のことを話そう」
深刻さを表す重い声に、私は耳を傾けた。
どんなことでも受け入れる覚悟を決め、小さく息を吸う。
「いいか、よく聴け」
「聴いてるから早くして」
「お前はな・・・」
「・・・・・・」
溜めに溜めて焦らした兄は、こう告げた。
「お前は人間じゃない・・・吸血鬼なんだよ」
私は唖然とした。
「お袋が叩いたのは、お前が大人になって人を襲わないよう教えるためだ。自覚する前に」
「ふざけないで!」
兄の突拍子もない発言に目を剥き、
「人が真剣に聞いてるのに何なの!? もういいわよ!」
文句を垂れ、電話を切った。
乱暴に折りたたみ式の携帯を畳み、怒りを踏みしめる。
・・・私が人間じゃないって?・・・人の血を吸う、あの架空の吸血鬼が、ワタシ?
「バッカみたい!」
鼻息を荒くして、紗枝のもとへ向かう足元が、
「・・・あ・・・」
不意にグラついた。
目に映る床から、数メートル先の、積み重ねられた服の棚まで歪み、頭の中がざわめく・・・。
もちろん、鵜呑みにしたわけじゃない。馬鹿げた話だ。
だけど、それからの私はおかしかった。
目まぐるしく、体が変化していく感覚に襲われた。
いろんな匂いが強く感じ、いろんな音が気になった。
空腹より喉の渇きを覚え、紗枝の家に着くまで何本ものペットボトルを空けた。
寝てからも喉の渇きは治まらない。
夢でも水を飲む。
学校でも水分を胃に流し、騒音に苦しんだ末。
急激な目眩と吐き気。動悸で視界は霞み・・・とうとう、教室の真ん中で倒れた。
気が付けば、私は保健室にいた。
真っ白な、ごわつくシーツに寝ている。
「大丈夫?」
心配そうな紗枝が覗く。
倒れた私より、青ざめた顔。
「うん・・・」
悩まされていた騒音や喉の渇きはなかった。
体の異常も治まり、幾分か軽い。
「もう大丈夫」
そう言うと、紗枝は安堵の表情を浮かべた。
胸を撫で下ろし、明るく振舞う。
「あたし、ビックリしちゃった。健康が取り柄の加奈が、貧血で倒れるなんて」
「貧血?」
「そう。水の飲みすぎ気の使いすぎ・・・って、気は使ってないか」
おどける紗枝に思わず微笑んだものの、私の心は晴れなかった。
本当に貧血だったのか。あの突然の不調な何なのか、疑問符だけが頭に残る。
「先生が起きたら帰っていいって言ったけど、帰れそう?」
紗枝が私の鞄とコートを脇に置いた。
「無理ならもう少し」
「大丈夫・・・帰ろう」
私は疑問符たちに蓋をして、ベッドから足を下ろした。
見える景色は、まだ冬のものだった。
空はグレーの一色で、首をすぼめ歩く人々のコートの裾を、時折吹く風が揺らしている。
「寒くない?」
肩を寄せる紗枝は訊いてくれたが、バスの中は寒さとは無縁。暖房がよく効いていて、熱いくらいだった。
「うん・・・」
二人がけの座席の、隙間風が流れる窓際が、私には反って心地いい。
「降りそうだね」
ふと紗枝は呟き、私と同じ空を眺めた。
天気予報では、雨が降るのは夜からとのこと。
このまま持つと思われたが、紗枝の呟き通り、しばらくしてから空は泣き出した。
降りるバス停に付く頃には、地面は完全に雨に覆われ、傘を持たない私たちに降り注いだ。
「加奈、あっち」
線となった本降りの雨に打たれ、私は紗枝の誘導のもと避難した。
雨宿りの場所は、最近つぶれたばかりの本屋。
よく立ち寄った所の前。