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赤い雫
【ミステリー その他小説】

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赤い雫-4

「大丈夫? 寒いよね」
ハンカチを取り出した紗枝が私の髪を拭いた。
寒さは同じはずなのに、どんなときでも気遣いができる。
優しさを維持できる。
そんな暖かさが嬉しかった。
「じゃあ私も・・・」
ハンドタオルを出して紗枝の顔の水滴を拭った。
お互いがお互いの顔を押さえ、笑い合う。
たまにふざけながら優しさを交換し合う。
寒さを忘れた穏やかな時間。
私にとっては何より貴重なもの、だったのに・・・親友との大切な時間は、そう長くは続かなかった。
二台の車が前を横切り、後ろのタクシーが前のワゴン車に警告を鳴らす。

ビッ、ビ―――ッ!

けたたましい音。
尾を引くクラクション。
それをきっかけに、
「なによあれ!」
走り去るタクシーに向かって、投げつける紗枝の声が大きく感じ。気にならなかった雨の音も、カラスの鳴き声も、遠くで聞こえる工事現場の金属音も、急に騒音と変わった。
頭がガンガンする。
響いて耳鳴りまでする。
眉間にシワを寄せ右耳を押さえると、今度は濡れた制服の匂いが鼻を刺激した。
気分が悪くなり吐き気がした。
呼吸が浅くなり、心拍数が上がる。
目の前がグニャリと揺れ、そしてまた・・・。
「加奈!大丈夫!?」
支えてくれた紗枝の、胸元のリボンの色はなくなった。
倒れる間際に起こった現象に、焦った私は手を伸ばした。
意識を必死で保ちながら肩に掴まった、途端―――。
ドクン!
鼓膜で心音が鳴り渡った。
同時に音も匂いも、頭痛も吐き気もなくなった。
全てが消え、静寂に包まれる。
「・・・・」
私は驚きよりも、むしろ落ち着いた。
不思議と安らかな気持ちで紗枝を見つめた。
濡れた髪から落ちる雨。
毛先から一粒。また一粒、首筋に流れる雫に釘付けとなる。
瞳に映るのは、母が出てきた夢の、あのモノクロの世界だった。
白と黒で、ただ一つだけ、赤の世界。
その赤は、紗枝の首に垂れる雨粒。
血と同じ、真っ赤な色――。
吸い寄せられる。
欲しくなる・・・。
「か、な・・?」
私は紗枝の声にハッとした。
首に触れた唇を慌てて離し、動揺する。
「ご、ごめ・・・」
とっさに逃げた。
自分が何を考え、何をしようとしていたのか怖くなり、駆け出した。
傘を差した女性とぶつかり、水溜りに足をとられながら、雨の中をひた走る。
異物を見るような紗枝の目。
恐怖に怯えて硬直する体が、忘れられない・・・。


「加奈。どうしたんだ?」
いつの間にか私は家の玄関にいた。
「ちょっと待ってろ」
二階から降りてきた兄が、ずぶ濡れの私を見て、慌ててタオルを取りに行く。
リビングは、静かだった。
テレビがついていないので、母は留守だ・・・頭の中で考えながら、耳鳴りを聞いた。
「今、風呂沸かしてやるからな」
兄は私の頭にタオルを被せ、いたわるような手つきで髪を拭った。
「用意できたら呼ぶから、それまで着替えて待ってろ・・・な?」
喧嘩したことなど忘れた優しい声が、私には遠い。
耳に鳴る、高音と重なってはっきりしない。


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