Need/-ed-3
「どこに行くの?」
見慣れない町並みの、慣れない人ごみを掻き分けながら、風炎の後を必死で追う。この男はたとえ女連れでも歩調を緩めるようなことはしない。そしてその女が自分と比べてどのくらい歩幅が狭いかを考える事などもってのほかだ。どかどかと人の肩にいちいちぶつかりながら歩くあたしを見かねて、風炎はあたしの手を取った。そこに、あたしの遅れを気にする以外には何の意味も見出せなかったから、自然と落ち着いていられた。落胆しなかったかと聞かれて、Noと答えれば嘘になるだろうけど。
風炎が立ち止まったのは、人ごみのとっくに途切れた、ネオンの灯りさえまばらな裏通りだった。いくつかの居酒屋が、営業中なのかどうかはっきりさせないまま看板だけは出していて、時折横切る車のヘッドライトも、ここには用事が無いと見えて減速せずに通り過ぎてゆく。
「ここ…?」
そのビルには看板さえなく、すりガラスのはまったサッシの引き戸の向こうには人の気配も無かった。風炎は1階にあるその入り口ではなく、ビルの横の階段へ向かった。ビルの規模としてはまあまあ大きいのに、何に使われているのか、その用途がはっきりしない。何かの事務所にしてはひと気がない。何かのアジトにしては無防備だし…人が出入りするところという印象はとにかく受けなかった。
階段を歩く足音が、暗い路地に妙に響いた。風炎がポケットから鍵を出して、階段の踊り場でドアを開ける。目の前には、蛍光灯の灯りが白く眩しい廊下がずっと向こうにまで続いていた。そのくせ、その階には、今入ってきた入り口以外のドアが一つしかなかった。
「何かの倉庫…?」
言いかけて、あたしは後ろに立っていた風炎に思わず飛びついた。
『おぉおおぉぉおお…』
何かの獣のうなり声のような…不気味な声が廊下中に響いていた。獣…いや、獣の声ではない。このうなり声には感情がこもっている。
―哀惜の…。
あたしは、風炎を振り返った。相変わらず仏頂面をした風炎が立っていると思ったのに、なぜかその顔は…悲しげで、辛そうに見える。こんな彼の表情を見たのは、廃病院で彼があたしの手を握った時以来。いい予感はしない。それ以上に、その表情はあたしの心をかき乱した。
彼が何も言わず、一つのドアを指し示した。あたしは恐る恐るそのドアの前まで行く。静電気が走る予感がしたときのように、おっかなびっくりにドアノブに手をかけた。
「―っ!」
―鬼。
瞬時に理解することが出来た。何の説明も、何の解説も不要だった。そこにいたのは鬼。
伝説の通り体は大きく、筋肉隆々で、朱色の肌を持ち、頭からは角が生えている。その部屋は広くて、天井も高かったけど、その部屋の三分の一を占めるほどその鬼は巨大だった。言葉も無く立ち尽くすあたしを、鬼はその目で…その恐ろしい目で捉えた。そして、どんな狂気にも勝る鋭い牙を持つその口を開いて、鬼は言ったのだ。