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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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―駄目…声………
食いしばった歯の間から溜め息が漏れて、ようやく風炎は指を返してくれた。
「そんなに血が好きなら、今度からトマトジュースを…」
言いかけて、指の何処にも傷が無いのに気がついた。
「…?」
「小さな傷ならそれで治せる…また怪我をしたら言うといい。」
なんでも無いといった感じでそう言って、風炎は自室に戻った。
まだ動悸が収まらず、しゃがんだまま呆然と指を見つめるあたしを残して。

「…ってわけ。」
くすくす笑いが収まらないさくらを肘でつつく。
「あんたねぇ…ひと事だと思って…」
「ごめんごめん…」
さくらは、くっくっと堪え切れずに笑った。もちろん、話したのは指の傷の方ではなく、半裸の部屋に乱入事件のほうだ。怒った振りをしているのは、思わず安堵して微笑みそうになるのを堪えるためだ。

―また一つ、さくらの笑顔を護ってやれた。

ここのところ、さくらは前より笑わない。授業中も上の空だし、何かの拍子に表情を暗い影がよぎる。かといって、無理に元気付けようとすれば、かえって彼女が気を使う。飃とか言う仏頂面の同居人が何処まで彼女の心の支えになっているかは知らないが、少なくとも学校では、彼女が心を開ける相手で居たいと思う。

「じゃね。」

「うん。またあした〜!」

いつもの分かれ道。振り返れば、肩を落とした彼女の後姿が見えるのかもしれない。でも、後ろを向けば、同時に振り向いた彼女と目が会うような気がして、やめている。あたしは一人になった途端に肩を落としたりしないんだから、あたしのことを心配なんかしなくて良いんだから、と、言いたくなる。でも言わない。お互い様だし、それがさくらなのだ。否定したところで意味は無い。

難儀な性格だとは思うけれど。



「帰ったわよ。」

この家では夕飯は当番制だ。平日の月、水、金曜日はあたしで、そのほかは風炎。学校がない日は適当に決めている。そして風炎が仕事で出かけるときは別々に夕食をとるのだ。今日は木曜日だから、普通なら風炎がもう台所にたっている時間だけど、何の用意もされていなかった。

「なに?今日は仕事?」

「いや。」

あたしが来るのを待っていたような感じだ。綺麗に片付けられた部屋のソファから風炎が立ち上がった。

「君を連れて行く所がある…着替えてくれ。」

洒落たレストランに外食…という雰囲気ではなかった。まぁ、もしそんな事態が起こったら、驚きの余り腰を抜かしてしまうところだ。それとも、声を上げて笑ってしまう?とにかく、私たちにそんな洒落た夕餉は似合わない。

「わかった。」

あたしは言い、自分の部屋に戻って今日は鍵をかけた。



二人で出かける…それはなんでもないことのはずなのに、きちんとした服を選ぼうとしている自分が恨めしかった。なんでもないのよ、何でも無い。でも、スカートが良いか、それともパンツ?なんでこんなことに悩めるんだろう。もたもたしていると風炎にせかされそうだから、当たり障りの無いジーパンを選んだ。


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