飃の啼く…第20章-13
はてさて曲がった辻の先
問うて曰くに 誰(たれ)そ彼(かれ)
その手に刀があったなら
銃が、刃があったなら
それは人の子やれ逃げろ
鍋に 刺身にされぬよに
別の辻にて合うたなら
化かして笑え 狗の衆
化かして笑え 狗の衆」
月が、朧なベールを脱いで、木の陰から覗いている。森の獣たちが、耳をそばだててこの宴に聞き入っているのが、何と無くわかる気がした。
「さて。」
京の狗族の元締めにして狗族八長の長、 玉の座るところを几帳と簾で囲んだ即席の部屋がある。それを除いては階級も種族も関係なく座っていた円の中から、九州を治めるウラニシが立ち上がった。
「では、そろそろ新しく夫婦になった者に祝福を与えてやるとしようか!」
短く切った髪と、よく焼けた肌が何と無くその人柄を表しているような狗族だった。白い歯を覗かせて笑うと、彼は私たちを含めて七組の狗族を、一組ずつ呼んだ。呼ばれた二人は御前に並んで、手をつないで祝いの言葉と結婚の承認を賜り、元の席へ戻っていく。
「さて…最後に、武蔵の飃と、八条さくら!」
私は緊張に身を震わせて立ち上がる。でもまぁ、言葉を戴くだけなんだから…と自分をなだめているところに飃が私の手を引いてくれた。
「さて…人間と、いや失礼、半分人間、半分狗族の八条さくら殿と、放蕩狗族の飃か…。」
そう言って飃ににかっと笑った。体育の先生が彼の職業だったとしたら、しっくり来るだろうな。
私は簾の前にひざをついて、に賜る言葉を待った。簾越しに、顔をのぞくのは無作法なのかもしれないと思いつつ、つい誘惑に負けて上を見てしまう。千年生きているというが、まだ若く見える彼女は、どこか悲しげな微笑を浮かべているようにも見え……
「飃、八条さくら…そなたらは、まっこと難儀な勤めをよく果たしてくれておるの…。」
その声が、あまりに優しくて美しかったので、私はそんな言葉にまともに返すことも出来なかった。多分、鈴が言葉を話すようになったら、こんな声で話すのだろう…すっかり萎縮して言葉が出ない私の代わりに飃が
「勿体無いお言葉、痛み入ります。」
と答えた。