10年越しの絆<前編>-2
始まったばかりの高校生活は慣れない事ばかりで、俺は入学式の日に見た光景を、無意識の内に記憶の奥へと追いやっていた。
そんなある日、俺の記憶が一瞬にして呼び起こされる。
初めての委員会の集まりの日…偶然にも、入学式の日に見た女の子が隣に座ったからだ。
「ここ、空いてるよね?」
言うよりも先にそこに座った女の子…紛れもなく、あの時の彼女だ。
彼女は返事をしない俺を不思議に思ったのか、こちらを見て『ん?』と首を傾げている。
サラサラと触り心地が良さそうな髪が窓からの風に揺られて、柔らかな香りを辺りに振り撒く。
真っ直ぐ俺を見つめるその瞳には、俺自身の姿がハッキリと映っていて、見た途端、全身の血液が沸騰しそうな程に体がカッと熱くなった。
(なんだよ、コレ…)
初めて感じる衝動…俺は今、完全に戸惑っている。
「………空いてる」
(うわっ、俺、感じワルっ!なんで、もっと愛想良く言えないかなぁ……)
言ってしまってからすぐに、後悔の念に襲われる。自分でも分かる程に、俺の口から出た一言はぶっきらぼうなものだった。
けど幸いなことに、目の前の彼女は全く気にしていない様子だ。ニコニコと…屈託のない笑みを浮かべている。
「ありがとう!私、宮木 聖(ミヤギ ヒジリ)。よろしくね!」
その笑顔は、俺が今まで出会った他のどの女の子よりも可愛くて、キラキラと輝いて見えた。
それからというもの、俺と宮木さんは委員会の度に話をする様になった。
会話の内容は…まぁ、たわいもない世間話だ。勉強のことや友達のこと…いつだったか、親友の水沢 絢音(ミズサワ アヤネ)を俺に紹介してくれたことも有った。
「ねぇねぇ、松田!英語の辞書貸して!」
宮木さんの親友である水沢は、ちょっと…いや、かなり変わった女だ。
よく教科書だの辞書だのを忘れては、一人で俺の所までわざわざ借りに来る。
普通クラスと進学クラスであるSクラスは、相当離れているにも関わらずだ。
どうせなら、宮木さんも一緒に連れて来てくれると嬉しいんだけどな……
「水沢、また忘れたの?俺、この後辞書使うんだけど……」
「まぁまぁ!そんな冷たいこと言わないで貸してよぉ……」
水沢は顔の前で両手を合わせて、『お願いっ!』と言っている。
「そんなこと言われてもなぁ…あっ、光輝!ちょっと良いか?」
俺は、ちょうど教室に入って来た光輝を呼び止めた。その手には、何ともタイミング良く英語の辞書を持っている。
「光輝、悪いんだけどさぁ…水沢にその辞書貸してやってくんない?」
「コレ?良いけど…水沢、また忘れたのか?懲りないなぁ……」
「気にしない気にしない!ありがとう、光輝君!」
(あっ、マズい…水沢、それは禁句だよ……)
水沢の言葉に、光輝があからさまに顔をしかめる。そして、不機嫌そうに口を開いた。
「“光輝”で良いよ。“君”付けでそう呼ばれんの、嫌なんだ」
光輝は水沢の手に辞書を押し付けると、そのまま自分の席に戻って行った。