投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

飃(つむじ)の啼く……の最初へ 飃(つむじ)の啼く…… 225 飃(つむじ)の啼く…… 227 飃(つむじ)の啼く……の最後へ

飃の啼く…第16章-9

+++++++++++++


「この抹香臭いのをやめろ、気分がわるくなる。」
「また殺して来たんですか…父さん」

薔薇の蕾のような形をした時代錯誤のアルコールランプが、琥珀色の光を投げ掛ける。重厚な本棚にきれいに並んだ沢山の蔵書の、皮の表紙に刻まれた金文字が、ランプの光を受けて鈍く光った。その隣りには、分厚いカーテンがかかった棚がある。
ペルシャ絨毯は、足元に広がる花畑さながらに、ふわふわとした踏み心地がした。獄はこの感触が嫌いだった。
「質問に答えて下さい…。」
苛立たしげに繰り返す。
「また勝手に抜け出して殺したんですか?」
デスクの上の男は、満足げに微笑み返した。
「こんな辛気臭い生活に、息抜きがあってはいけないのか?まぁ、聞けばお前も喜ぶ…呪われた処女を、遂に解体出来たのだから。」
獄はすぐさまデスクに駆け寄った。
「誰です!?」
「青嵐会が内密に用意していた、“予備”…我が古い友人の結婚相手だ…彼女が愚かだったお陰で、簡単に近付くことが出来たよ。」
「聞いていませんよ…」
目を見開いた獄とは対照的に、少し眠たげな目で、男が笑う。まるで、出来のいい酒に満足し、酔い痴れているかのように。
「くくっ…また鬼ごっこが始まるのさ…百年でも、二百年でも私を追うが良い…」
そんな独り言を呟きながら、彼はデスクから立ち上がった。ランプに照らされた男の顔が、獄の嫌悪を呼ぶ。男はカーテンに覆われた棚まで歩いてゆくと、そのカーテンを開く前に獄を振り返った。
「では、部品を交換しよう、息子よ。お前を呼んだのはそのためだ。」
しゅっ と音がして、カーテンが開く。
「知っていますよ…私にある用事といえばそれだ。」
ガラスの瓶の縁をランプの明かりがなぞり、そのなかにあるものの輪郭を浮かび上がらせた。
男はその中から、2対の赤い塊が入った物を手に取った。
「最後に腎臓を取り替えたのは何時だった?そろそろガタが来ているだろう。」
瓶の蓋を無造作に開けて、腎臓を掴む。
「…やはり、息子のメンテナンスには新鮮なモノを使ってやりたいからな。」
そして、“息子”と瓜二つのその男は、やはり“息子”と瓜二つの笑みを浮かべた。
「採れたての腎臓だ。」

+++++++++++++

「さくら。」
優しく呼ばれるまで、飃が戻って来た事に気付かなかった。私は、死後硬直を経て、ミイラの様に動かなくなってしまった彼女の遺体に布をかけて傍らに座り…多分、頭を撫でていたと思う。目のまわりは涙でバリバリになってしまっていた。
「帰ろう、さくら。」
「でも…。」
飃が、何故か朦朧とした私の目が覚めるくらいしっかりした口調で言った。
「彼女は死んだんだ。そして、それは八条さくら、お前には何の責任も無い。」
「でも…でもさ…この人も…私みたく生きていられた…助かったかも…」
飃が後ろから私を抱き締めた。そのまま、亡骸から引き剥がすように後ろに引き寄せた。
「彼女は戦いを拒んだ…。」
耳の後ろで、飃が静かに言った。
「青嵐からも狗族からも身を隠して…長い間見つける事は出来なかった。」
「だから…?」
「お前のように、戦う事を選んでいたなら…もしくは…」

私だって…戦いたかった訳じゃない。
私だって、彼女の様になり得た。
こんな結末を…彼女が望んだ訳がない。
だって彼女は、生きる為に戦いを拒んだのだから。
そう言いかけて、飲み込んだ。代わりに、
「一体…誰が…?」
私の身体は、いつの間にかひどく冷たくなっていた。飃に触れられて、それに気付いた。
「飆が見つけるさ…必ず見つける。そして報いを受けさせる。」
そう言って、どちらもしばらく動けずにいた。


飃(つむじ)の啼く……の最初へ 飃(つむじ)の啼く…… 225 飃(つむじ)の啼く…… 227 飃(つむじ)の啼く……の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前